創作現場での対話型リーダーシップ:映画「朱鷺島」を観て

東京は住むにはきつい所(特に夏は)ですが、芸術作品やその創作者に出合える機会が、圧倒的に他の地域より多いことは確かです。今日も改めてそのことを実感しました。

 

午前中、映画 「朱鷺島」を観てきました。この作品は、観世流能楽師津村禮次郎さんが、佐渡で創作能「トキ」を公演するまでの、朱鷺.jpgいわばメイキング映画です。佐渡の小学生からトキに関する詩を集め、津村さん自身が能の歌詞を書きます。そして、囃子方や地謡、ワキ方らと共同で完成していくのです。

 

さらに、佐渡をベースに世界で活躍する太鼓集団「鼓童」の藤本吉利さんや踊りの「花結」の方々ともコラボします。創作能といえども、能の公演に他のジャンルのアーチストが交ることは、異例です。

 

驚くのは、全員揃って稽古するのは、公演当日の1回だけだということです。能関係者同士であれば、普段から共演しているので、いくら新作といえども一回で合わせることはそう難しいことではないのかもしれません。しかし、今回は異ジャンルの(別の次元に入りこんだ感じだったと花結のメンバーは言っていました)アーチストも一緒なのです。

 

しかも、その1回のリハーサルの中で、中身がどんどん変わっていくのです。ある意味、ものすごい組織能力です。ある分野において卓越した技能を持つ者同士は、きっと共通の波動のようなものを持ち、それが共鳴しあうことでコミュニケーションが図られ、さらに進化していくのかもしれません。大鼓の大倉正之助さんと鼓童の藤本さんが並んで、叩きながら相談している風景は、ちょっと感動的でもありました。

 

もう一つ驚くのは、津村師のプロデュース力でありリーダーシップです。能の世界ではシテ方がいわばプロデューサーの役割を担います。この新作能においてもそうです。津村師は、決して強いリーダーシップは採りません。みんなと一緒に、わーわー言いながら創り上げていくスタイルです。能の世界は、家元制度に代表されるように、シテ方の宗家をトップにしたピラミッド構造なのかと、勝手に想像していましたが、全くそうではありませんでした。年齢も役割も性別も関係なく、同じレベルで意見を出し合っていました。その雰囲気をうまく作っているのが津村師なのです。シテ方という役割でリードしているのではなく、(もちろん実力があるのは当然ですが、何しろ人間国宝ですから)人間性でリードしているように見えました。人柄が素晴らしいのです。後で、作家の篠田節子さんも指摘していましたが、極めて日本人に合った理想的なリーダーシップスタイルだと、私も感じました。あえて言えば、「対話型リーダー」でしょうか。ちょうど、経営者教育にダイアログの考えを取り入れられないかと考えていたところだったので、非常に参考になりました。

 

 

さて、映画終了後、津村師と篠田節子、そして撮影兼監督の三宅流さんの三人が舞台に上がり、トークショーがそのまま行われたのです。何という贅沢なことでしょう!!だから東京暮らしは止められません。

 

そして終わりごろ、質疑応答に入りました。でも、誰も手を挙げません。私も、時々逆に質問を受ける立場になり、手が上がらず困る、というかガッカリすることがあります。なので、つい右手を挙げてしまいました。

 

「トキの詩を書いた小学生たちも、きっと舞台を観たと思いますが、どのような反応だったのでしょうか?そこも映してもらえると良かったのですが。」

 

と、余計なひと言まで発してしまいました。すると、津村師が答えました。

 

「三宅さんは一人で撮影もしていたので、なかなか手が回らなかったと思いますが、・・・」

 

回答自体は省略しますが、私のやや失礼な質問に対して、まず三宅監督を気遣う発言から始められたのです。すごい!と思いました。これが日本人にあったリーダーの姿だと思いました。

 

トークショー終了後、三人はまだロビーにいらして、観客と言葉を交わされました。私も津村師にご挨拶だけと思い、「先ほどは失礼しました」と申し上げました。すると師は、素晴らしく明るい表情で、「何かやってらっしゃるの?」と言われるので、「はい、矢来(観世家)で喜正先生に習っています」と申し上げると、さらに素晴しい笑顔で返してくださいました。きっとこの笑顔だけでも、人はこの方のために一肌脱ごうと思うのでしょう。

 

最後に、主観を徹底的に配した三宅監督の手腕も確かなものを感じました。子供のコメントは、やはりなくて良かったですね。

 

 

今日は朝から、素晴らしい時間を過ごすことができました。

 

 

ところで、今月29日(日)小金井公園での「小金井薪能」で、この「トキ」が上演されます。うーん、観に行きたいのですが・・・・。

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このページは、福澤が2010年8月13日 14:12に書いたブログ記事です。

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