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小川 政信 氏

おがわ まさのぶ

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第5回 小川 政信 氏

「『スピード』と『臨戦感覚』で迫り、人の心に火を点ける」

 

『N=3で知る』スピーディな意思決定

 小川氏はコンサルティングによる現実経営の支援と、経営人材開発を両輪とした活動を続けている。経営コンサルティングでのカバー領域は、マーケティング、新規事業開発、R&D、投資のデューディジジェンス、再生、撤退、アライアンスと幅広い。
 したがって小川氏が提供する研修プログラムも、マーケティングからファイナンス、事業戦略、アクションラーニングなど、あらゆるジャンルをカバーする。

 その小川氏のプログラムに共通するキーコンセプトは、ズバリ「スピード」と「臨戦感覚」である。参加者が実際の経営判断の場において、素早く的確な意思決定ができる、その土台を与えることが狙いだ。小川氏は意思決定のスピードを重視する。「戦略的な意思決定のためのデュージリジェンスでも、3週間で局面が変わってしまいますからね」、と小川氏は言う。
 裏を返せば、「多くの企業ではスピーディな意思決定が不得手である」ことを示唆しているように聞こえる。では、何が企業のスピーディな判断を妨げているのだろうか? 小川氏は次のように語る。

――人と組織には「認識の壁」というものが存在しています。そして経営の場では、この「認識の壁」が、組織内での”衝突”か、または衝突を避けるための”遠慮”を生み出します。そしていずれにせよ意思決定を遅らせます。的確な意思決定を素速く行なうためには、まず、この「認識の壁」が打破される必要があります。しかしこれをいきなり実戦環境下で行おうとすると、そのこと自体がバトルを生み出すので厄介です。――

 ではどうしたら、その「壁」が突破できるのだろうか。これについて小川氏は、実戦に突入する前に、他社事例などを題材に、シミュレーション的な疑似体験をしておくことが効果的だと指摘する。ここに同氏が研修プログラムに力を入れる所以がある。

 さらに小川氏は、「N=3で知る」というアプローチを提唱している。
 例えばマーケティングで、人や組織がどのようにして意思決定しているか? 「本来、広範な調査に基づいて決めなければならない」という”呪縛”にかかっている、と小川氏は言う。つまりN=300~500で意思決定しないとならない、と皆が考えている。しかしそれには時間がかかるし億劫なので、多くの企業人は、逆にしばしば自分だけの感覚、つまりN=1の感覚で、議論を展開し、意思決定に持ち込もうとする。
 それによる悪弊を数多く見てきた小川氏は次のように提唱する。「自分の足で現場に行け、N=3でいいからサンプル情報に接して、それから考えはじめよ」

――まずランダムにN=3の情報に触れるのです。すると、これまで見えていなかった現実が見え始め、しばしば「はっ」とします。これが大切で、これをスタートポイントにします。――

これを小川氏は『N=3で知る』と称しているが、たった3つの情報を起点とする、この触発的なアプローチは、そのまま小川氏自身の独創的なキャラクターを表わしている。


 

現実情報を大量に与え、臨戦感覚を養う

 小川氏の研修プログラムでは、大量の資料が投入される。例えばわずか2~3日のプログラムでも、大小様々な事例(ケース)と、独自に集めた現実事例のサンプルデータなどからなる、数百ページのマテリアルを使う。なぜか。

――二つ理由があります。一つは人の幼少期からの脳の発育を見ればわかるように、人には本来、ある程度以上の量の情報に接すると、自分で自ら鍵を選り分けることができる能力が備わっているからです。――

 小川氏はかつて、脳障害の治療法を研究開発したある米国の研究機関で、脳の発育を支援するメソッドを学んだ。その知見を経営人材の開発プログラムに発揮しているのだ。

――もう一つは、理論というものは、自らが現実の中から抽出したものでないと、現実の実戦の中では使いこなせないものだからです。これは日本海海戦の勝利の原動力となった秋山真之参謀が、米国屈指の戦略家、マハン大佐から聞かされたとされる見解ですが、私も、多くの企業、経営陣を見てきて、強くそう思います。借りてきた手法やフレームワークで作戦を立てることは、できないし、危ないとさえ言えます。――

 小川氏は現在、濃淡はあるが、様々な活動を通して年間で百の単位の現実事例に接し、支援している。その経験から、事業戦略やマーケティング戦略の典型的な失敗パターンの一つは、他業界での成功事例を参考に策定されたものであること、を発見したという。

――市場の反応が市場毎に大きく異なる現実を知らないと、単純に成功事例をヒントにした戦略は失敗するのです。同様にトレンド研究などから戦略を導くのも危険で、失敗事例をいくつも見てきました。――

 小川氏が、短い研修プログラムの時間内で、様々な業界での事例や、サンプル情報に接することを重視するのは、現実感覚を磨かせるための工夫の結果なのだ。彼のビジネススクールの教材(ケース)の使い方にも、臨戦感覚が溢れている。「判断の分かれ目になる追加情報を特定する感覚を醸成」するなど、的を絞った目的で、やはり短時間に大量のケースを投入するのだ。


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「勇気」を思い起こさせる

 小川氏が人材開発、あるいはコンサルティングに向かう狙いは何か。そこで、嬉しいと感じるのはどういうときなのか尋ねてみた。

――例えば、先日、ある企業の代表と経営企画担当役員が相談に訊ねてきました。かつてプロジェクトをご一緒したのですが、そのときの検討結果をベースに、いま、業界再編につながる動きを仕掛け、投資銀行の面々たちと渡り合っておられる。相談の後で、「『今あるデータを基に、粗削りでいいから、夜までに仮の結論を出そうよ』、今でもあの感覚が役に立っています」とおっしゃった。限られた日々をご一緒した人たちが、局面を打開するために新しいことに挑戦している。その姿に接すると、喜びを感じます。――

――時には、メンバーと厳しいやり取りをせねばならないこともあります。進むか、退くか、はたまた攻め方を変えるのか。人は皆、”想定している打ち手”を変更することには抵抗があります。想定している世界が崩れるのは心理学で言う”喪失体験”なのです。だから憤りも感じるし、摩擦も衝突もあります。けれど、プロジェクトから1?2年経って、「あのときの検討と経験が、今生きています」と言われ、ほっとすると同時に、良かったと思ったことが何度もあります。――

 インタビューを通して浮かび上がるのは、小川氏自身が、進むか退くか、攻め方を変えるか、という厳しい局面に身を置きつつ、回りを触発する姿である。
 あるメンバーは、「小川先生は動くべきときに後ろから肩を押してくれる」と表現した。小川氏は勇気を与えているのだろうか? 小川氏はかつて探求していたナチュラルヒーリングの体験から次に様に語ってくれたことがある。

――人には本来、勇気を含めて、あらゆるポジティブな特質が、体のどこか深いところに備わっている、という考え方があります。なぜなら人も大自然の一部ですが、大自然にはポジティブな特質が充ち満ちているからです。でも人は通常、このことを忘れており、またバランスも崩しています
 様々な事例研究や、現実データに接していると、経営の難しさにも意識は及びますが、それと同時に、人が本来持っている”勇気”を思い起こすきっかけにもなるのです。ダメそうな打ち手を消去法で消していくと、しばしば今まで考えていた次元とは別の次元に、追求すべき戦略が浮かび上がったりします。 限界やためらいも感じるけれど、そのうちメンバーたちが「やってみるべきだ」「やってみたい」と感じ始める。 経営課題とは本質的には、人や組織の成長(脱皮)を促す刺激材料なのではないでしょうか。――

 現実の壁を打破し、新しい現実を創り出す、その勇気を思い起こす手伝いを小川氏はしているのだろう。旺盛な好奇心に導かれるまま、自らもかつてナチュラルヒーリングに関する事業経営に乗り出したり、脳の発育の研究など新しい分野の探求をしては、それらの成果を経営の場に持ち帰る。そしてコンサルタント活動を通して人をインスパイアする。小川氏の本質はおそらく”触媒”であり、そして経営実戦の場での教育者が天職なのだ。

 


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【プロフィール】

小川 政信 氏(おがわ まさのぶ)

東京大学卒、ハーバード・ビジネス・スクール修了(MBA)。
MBA取得後、ハーバード大学院のリサーチ部門に勤務。
その後、マッキンゼーに参画、日米欧亜のクライアントを対象に戦略経営コンサルティングに従事。
96年に独立、「現場力を強化・生かすこと、経営視点での経営強化を同時に達成する」ことをミッションに、株式会社ユニバースを設立、代表取締役に就任。
07年に社名をインスパーク株式会社に変更、社名には「人と組織が自ら気づき、創造に結びつける」という意味合いが込められている。
共著として、
「事業プランニングと事業実現の鍵」 ~ ベンチャー起業実戦教本(プレジデント社 大前研一氏らと共著)
「アントレプレナーマーケティング」 ~ 起業家養成塾 PartⅤ(プレジデント社 大前研一氏らと共著)
などがある。
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