人材育成のアダット

プロフェッショナルの横顔

 

横瀬 勉 氏

よこせ つとむ

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第4回 横瀬 勉 氏

「人事の経験を活かし、クライアントの立場で考える」

 

現場の経験を活かした「実践の知識」

 横瀬氏は、企業の人事担当及び責任者としての経験が長い。つまり、本来は「自社の研修を企画し、講師を依頼する側」だった。ところが、あるとき、民間のビジネススクールの営業担当者から逆に講師を依頼されたことがきっかけとなり、そのまま講師となってしまった。

 1983年、東急電鉄に入社した横瀬氏は、駅員や車掌を経験し、改札や車内でキップを切るところからスタートした。その後、人事部に移って本格的にキャリアを積みはじめることになるのだが、当時の現場で培った「実践」の経験は、講師として活躍するようになった今でも生きていると言う。
 1994年、東急から外資系のノーザンテレコムジャパンに転職すると、海外勤務の経験もないのに、いきなり英語環境に飛び込むことになってしまった。ここを「実践」で乗り切った横瀬氏は、現在の講師業務やコンサルティング業務につながる基本的な考え方を身につけた。

―――アメリカで生活したことも留学したこともない私が、外資系の会社になじみ、英語もしゃべって交渉もできるようになった。まさに理論より実践で乗り切ったわけです。「だから皆さんも実践でどうにかなるよ」ということをいちばん伝えたい。特に語学だと、「ちゃんと完璧に勉強した上でないとできない」と考える人が多いんですよね。でも、やればできてしまうんです。おそらく皆さんは、最初の度胸が無いだけで。ですから、私は皆さんの背中を最初に押してあげるような部分をやっていきたいと考えています。ここは、例え勉強して理論が分かったとしても、それだけでは乗り越えられない部分もあります。つまり実践が重要になるわけですが、かといって「実践あるのみ」では限界があるのはいうまでもありません。
 そうした「理論と実務のはざま」みたいなところを皆さんに伝えていきたいと思っています。―――


 

ファミリービジネスに学ぶ企業教育

 そんな横瀬氏が現在メインで研究しているテーマがファミリービジネスだ。
日本でのファミリービジネスは、「家族経営」「同族企業」といった呼び方をされることもあり、ネガティブなイメージを抱いている人が多いかもしれない。しかも、こうした「家族経営」が研究対象になること自体、あまりピンと来ない。ところが横瀬氏に言わせれば、このファミリービジネスの中に、人材育成の本質ともいえる重要なヒントがあるのだそうだ。

 そもそも「ファミリービジネス」とは、親子三代以上にわたって、ある特定の業種や事業を継続している企業を指す。こうした家族経営で代々続いている企業の多くは、独自の優れた技術を持っている。ソニーや松下グループ、サントリーといった大企業も元はファミリービジネスから始まっていたのだ。
 そうなると、「例えば技術という無形の財産を、どうやって後継者に伝えていくのか」が、重要な問題となってくる。こうした後継者育成の仕組みがファミリービジネスの命綱であり、その後継者育成の仕組みは、一般的な企業の人材育成にも活かせるはずだ。
 これが横瀬氏の主張である。


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「企業は長期的な視野で研修計画を」

 人事担当者としての経験も長い横瀬氏から見ると、「企業の人事担当者が依頼してくる研修企画が、その企業のニーズに合ってないのではないか?」と思うケースが意外に多いと言う。つまり、オーダーを出す側が自社の要求自体を正しく理解していないというのだ。
 このようなケースでは、研修を受講する社員たちも講義の内容に興味を持てない。みんな始まる前からそっぽ向いてしまっている。当然、学習効果は上がらない。

―――企業の担当者は「うちの会社はこうです」って言うんですよね。でも、行ってみると全然違ったりするわけです。彼らは自分の会社しか知らないので、他社と比較しようがないんですよ。だから思い込みで「うちの会社はこうです」と言うわけです。彼らは別に嘘をついているわけではなくて、本当に自分のことを知らないんですよね。
 理想としては、一歩下がった立ち位置から「自分の会社と他の会社はどう違うのか?」を考えられる感覚でいてほしい。それが普通はなかなかできないんですが・・・。ですから、きちんと自己分析できる方法が何か無いかと、ずっと模索しています。やはり、「うちの会社はこうです」と言う相手に向かって、「あなたの会社は実はこうです」と言うのは難しいですよね。でも、研修を成功させるためには、そこがいちばん重要だと考えています。―――

 さらに横瀬氏は、「日本の企業では、長期的な視野を持って研修を企画するケースが少ない」と指摘する。
 おそらく、ほとんどの日本企業では単年度予算をもとに社内教育費が割り振られるという事情もあるのだろうが、「3?5年の中長期的な視野で研修計画を考えている企業が少ない」と言うのだ。

―――ある企業の研修を担当すると、最初の年はすごく受講者が多くレベルも高いんです。ところが、2年目になると「えっ?」というぐらいに人が減ってくる。つまり、研修を受けるべき人材が、弾切れになっちゃうんですね。すると、3年目くらいからは、研修プログラムにマッチしない人材を無理やり受講させるようになることもある。本末転倒ですよね。そうなると学習効果もあがりませんから、数年で研修計画自体が立ち消えになってしまうケースが多いのです。非常にもったいない。
 ですから、研修企画を担当する方は、ぜひ自社の「人材ポートフォリオ」といったものを考慮した上で、中長期的な研修計画を検討していただきたい。そんなに大げさなものでなくても、「ある層の社員を対象とした研修を実施したら、その翌年は、ひとつ下の層に対する研修を行なう」といった考え方をするだけで、企業全体の人材育成計画が変わってくるはずです。―――

 講師としてクオリティの高い研修を提供することは、もちろん重要である。
 しかし、「この講義をやってください」と言われて、そのとおりの講義をこなしてくるだけでは、本当に学習効果の高いサービスを提供できるとは言い切れない。
 重要なのは、研修が始まる前(研修の企画段階)において、「その企業にとって真に必要な研修は何か」を読み取り、適切な提案を行なうことにある。横瀬氏が本当に主張したいのは、こういうことなのだろう。

 


 

【プロフィール】

横瀬 勉 氏(よこせ つとむ)

慶應義塾大学経済学部、慶応義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。
東急電鉄、ノーザンテレコム、日本BT(ブリティッシュテレコム)人事部長、マッケンナジャパン・オフィスディレクター、PDIジャパンコンサルタント、ワイス株式会社の執行役員人事部長など、数多くの企業にて人事業務に従事した人事のプロフェッショナル。
現在は慶應義塾大学SFC研究所上席所員として研究に従事しつつ、管理職層、経営層を対象とした企業文化、変革、組織運営に対するコンサルティングおよび研修を行う。

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