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高杉 尚孝 氏

たかすぎ ひさたか

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第3回 高杉 尚孝 氏

「リーダーの新しい育成法」と「知的エンターテイメント」

 高杉氏が研修で担当する分野は、「問題解決」「論理表現」「プレゼンテーション」「交渉スキル」と幅広い。中でも特に力を入れているのが「メンタルタフネス」、つまり「精神的なプレッシャーに打ち勝つ技術」の能力開発だ。高杉氏は、この「メンタルタフネス」の手法を応用することによって、リーダーの新しい育成方法を展開したいと考えている。

では、「リーダーの新しい育成法」とは何だろうか?

 従来のリーダーシップ育成では、「その人のステージに合わせたスキルを習得していく」という考え方が一般的だった。たとえば、「若いリーダーが少人数のプロジェクトチームをまとめる能力」と「エグゼクティブが企業全体をまとめる能力」は別物であり、それぞれのステージにふさわしいスキルを習得する必要がある…… という考え方である。

 しかし高杉氏から見れば、「どんな階層のリーダーであったとしても、本質的にリーダーとして求められる資質は共通」だという。理想的なリーダーとは、けっきょく「他人がついていきたいひと」や「人間力があるひと」であって、それは例えばリトルリーグのキャプテンだろうと、数万人の従業員を抱える大企業の社長だろうと変わらない。

 そういったリーダーの「本質的資質の部分」を開発するのが、高杉氏の「新しい育成法」だ。


 

リーダーにふさわしい性格を身につける技術

 高杉氏の提案するリーダー教育は、いわば「性格を変える技術」である。

 体系化された学習法によって"思考の技術"を身につければ、自分の性格を方向付けることができるというのだ。精神論や根性論に終始するわけでは決してない。高杉氏自身による長年の心理学研究の実績 ――なかでも世界的に有名な米アルバート・エリス研究所で学んだ理性感情行動心理学―― に基づいた、ロジックなのである。

 高杉氏は次のように語る。

――― 人の性格は『持って生まれたもの』だと思っている方は多いでしょう。だから、性格は生涯変わるものではないと考えられています。でも、きちんとした技術を学び、訓練することで、性格をそれなりに変えられるのです。
 たとえば、過度に失敗を怖がる人がいます。プレッシャーに弱い、人前に出ると緊張してしまうといった人は少なくないでしょう。こうした人は、そもそも「失敗はあってはならない、絶対に許されない」「どんなことがあっても成功しなければならない」と思い込んでいるふしがあるのです。
 しかし、当たり前の話ですが、どんなに優秀な人でも常に失敗する可能性はあるんですよね。ですから、「失敗を恐れない性格」になるためには、まず「失敗があり得ることを認める」「失敗は恐れる対象ではない」という思考を持つことが重要になります。
 注意していただきたいのは、決して「失敗してもいい」と開き直るわけではありません。
「失敗の可能性があることを客観的に認識した上で失敗を現実的に評価すること」が重要なのです。―――


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受講者の先入観を取りはらう工夫

 高杉氏の専門分野は、リーダーシップやメンタルタフネス以外にも、幅広く多岐にわたっている。当然ながら、担当する研修ジャンルも幅広い。そんな高杉氏にとって、講師の立場から注力しているポイント、またはすべての研修に共通する考え方の基盤といったものがあるのだろうか? そのあたりについて、話を伺ってみた。

 たとえば大学の場合、一般的には学生よりも先生の立場の方が強い。「そんな当たり前のことを」と思われるかもしれないが、高杉氏に言わせれば「企業研修の場合は、講師と受講者の立場は対等か、受講者のほうが上」なのだそうだ。企業研修の現場には、「受講者が講師を評価するのだ」という空気が少なからずあると言う。そういう意味で、教える側の緊張感も(大学などよりは)必然的に高くなる。その緊張感の中で(しかも多くの場合短期間で)、受講者に満足してもらう必要があるのだ。となれば、やはり講師としてプラスアルファの工夫が必要だろう。

 高杉氏の場合、何より気を配っているのが学習効果を高める「パフォーマンスとしての演出」である。「楽しい方が学習効果高い」という経験に基づく「研修は楽しい方がよい」というのが高杉氏のポリシーである。だからこそ「講師はパフォーマーだ」というのだ。そのための具体的な工夫として、専門知識や教育技能、雰囲気作りはもとより、PowerPointの演出や配布資料の作り込みといった部分も重要になってくる。そこに高杉流のノウハウやこだわりが生かされてくるのだ。

 企業研修に参加する受講者は、しばしば何らかの先入観に縛られていることも多い。その先入観とは、たいてい「自分にとっては内容が難しいのではないか?」「こんな知識は現実の現場では役に立たないのではないか?」といったネガティブなものだ。講師の立場からは、こうした受講者の意識を変えることが何より重要になってくる。

 特に、冒頭で紹介した「メンタルタフネス」を扱った研修では、受講者の先入観の壁を顕著に感じるという。つまり、「研修や学習で自分の性格が変わるはずがない」「場数をこなさないとプレッシャーは克服できない(だから研修を受けても効果は期待できない)」と思い込んでいる受講者が、やはり多いようだ。高杉氏にとっては、こういった受講者の先入観を真っ先に取り払うことが、常に課題となっている。


 

学ぶ楽しみと伝える喜び

 高杉氏は、研修教育だけでなく、さまざまな分野で活躍している。そもそも本格的に教育を始めたのはここ10年の話であり、それまでは長らくアナリストやコンサルタント、財務アドバイザーといった立場から企業経営の現場に従事してきた。  では、今後はどのような方面での活動を考えているのだろうか? 今後も教育を続けていくのか、それともまた違った分野へと活躍の場を広げていくのだろうか? そのあたりの将来的な展望について語っていただいた。

――― 教育・人材開発は、今後もずっと続けていきますよ。もちろん新しいことにもチャレンジしたい。なので、考え方の方向性としては「今後はどんな新しい分野で教育を行なうのか?」 ということになるでしょうか。もちろん具体的にいろいろな計画を考えてはいます。 また、講師の立場ではなく、自分自身が学ぶ立場から勉強を続けたい、というのもある。 私はきっと、「学ぶ」ということが単純に好きなのでしょうね。「学ぶ」ということを趣味ととらえているのかもしれない。だから、いつまでも色んなことを勉強したいのです。 そして、せっかく勉強して身につけたものは、他人にも伝えたい。「他人に伝える」ということは、私にとって大きな喜びです。本当のことを言うと、「きちんと相手に伝わっているのか?」については、本質的には分からない部分もある。それでも研修の現場では、受講者が「いいことを聞いた」と感じてくれている、その手応えが感じられるんです。確かな手応えがあるからこそ、教えることが自分自身の喜びに繋がっていると思いますね。 ―――

 高杉氏は、企業研修を能力開発を促す「知的エンターテイメント」と呼んでいる。そのエンターテイメントを創出する立場が講師だというのだ。だからこそ講師は、演出やパフォーマンスを重視するのが大切……。 こういった考え方は、「学ぶ」ことを趣味ととらえる高杉氏にとって、ごく当たりまえのことなのだろう。


 

【プロフィール】

高杉 尚孝 氏(たかすぎ ひさたか)

慶應義塾大学経済学部卒業。米国ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士課程(MBA)修了。
米国アルバート・エリス研究所認定スーパーバイザー心理セラピスト。ニューヨーク証券取引所認定スーパーバイザーアナリスト。
モービル、マッキンゼー、JPモルガンなどを経て、1997年に独立。大手企業人材育成、幹部コーチング活動などに従事。筑波大学大学院客員教授、日経ビジネススクール講師、NHK教育テレビ講師としても活躍。

[主な著書]

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実践・プレッシャー管理のセオリー

(NHK出版)

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問題解決のセオリー

(日本経済新聞社)

 

実践・交渉のセオリー

(NHK出版)

論理的思考と交渉のスキル

(光文社新書)


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