思考すること

「思考力を鍛える」というフレーズほど、人材育成の世界でよく聞く言葉はないかもしれません。では、思考力ってなんでしょう?そう問われると、途端に答えに窮してしまうのが常。結局、それは突き詰めず、手法を学ぶことに終始してしまいがちです。

私自身も、それを突き詰めることを避けてきた気がします。たまたま手に取った本に、そのヒントがありました。「人は語り続けるとき、考えていない」です。

「考える」ことは、自分の想定とは異なる事態が起きたと認識した時に始まる。つまり、「驚き」を感じた時です。想定とは異なるため、何らかの対応を迫られる。普段あるはずのところに鍵がないとき、一瞬驚き考え始めるでしょう。思考開始です。

驚くとその直後に、「感情」も起こります。何で昨晩、あんなに酔っぱらってしまったのだろうという後悔だったり、妻が勝手に鍵を動かしたのではと疑い、小さな怒りが芽生える、など。もちろん喜びもあります。予期せぬプレゼントももらったときとか。感情とは、驚いた状況に対する自分の評価とも言えます。

予想外の事態に驚き、即座に感情が芽生え、同時に驚きを中和するように、すなわちそこで発生した問題を解決するために思考するのです。

感情とは反射的に起こるもの。考えて感情が芽生えるのではなく、過去の経験に基づき自動的に引っ張りだされるものといえそうです。一方の思考は、反射的ではなく一歩引いて、感情的反応以外の選択肢を探すこと。つまり、より良い自分に変わるための、主体的な行動です。

このように感情は思考のエネルギーとも言えますし、逆に思考を妨げるものにもなりえる。ところで、感情はそうそう持続するものではありません。従って、持続的な思考のエネルギーとなり得る感情とは、もっと強いものです。日本語のニュアンスでは「情念」です。情念はたやすく消えない感情なので、持続的な思考を促すことができる。つまり、思考は情念によって動機づけられる。

一般的に思考力が高いと言われる人は、決してあきらめずに考え続けることができる人です。情念がベースにあるので、知的にしつこい。

さてここからが本題。思考力は三つの側面から成るそうです。(リップマンによる)
1)批判的思考
ある考え方の真偽や妥当性の根拠を疑ってみる態度。情報や前例、慣習を鵜呑みにするのではなく、意識的にそれらの根拠を検討する。不確実性が高い世界において必要とされる、強い信念体系を構築することができる。

2)創造的思考
新しいものを生み出す思考であり、想像力を発揮し失敗を恐れず実験を繰り返す。発散思考ともいえます。批判的思考はその反対で、検証思考、収束思考です。

3)ケア的思考
ケアとは、配慮、気配り、世話するという意味です。思考する対象への気遣いであるとともに、思考の仕方への気遣いでもあります。

例えば、決して残業をしない部下がいたとします。上司としては驚き、怒りが芽生えるかもしれない。部下の態度を改めさせることが問題解決だとする。批判的思考であれば、部下に対してトクトクと論理的に説得に努めるでしょう。創造的思考であれば、部下に残業させる方法をあの手この手と考え繰り出すかもしれない。ケア的思考であれば、部下の気持ちを慮ってみて、自分がどういうアプローチをすれば部下の気持ちを理解し、そして変えることができるかを徹底的に考える。

三つのうちのどの思考が重要ということではなく、状況よってこれらを組み合わせることが必要です。しかし、これは非常にエネルギーのいることです。途中であきらめて、安易な道、すなわち他者の発言や過去の慣習、前提をそのまま受け入れることに逃避してしまいがち。だから、それに打ち勝つには驚きや情念をしつこく持ち続けなければならないのです。

「卓越した教師は生徒の心に火をつける」という言葉がありますが、火をつけるとは強い情念を芽生えさせるということなのだと思います。火さえつけば、後は自律的に思考を深めていけるのです。

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