「非常にはっきりとわからない」を見て(2)

(年を越えてしまいましたが、続けます)

美術館7階、立ち止まって長い時間不思議な作品を眺めていると、美術館スタッフと思われる若い女性から、部屋の入口辺りまで下がるように促されました。そして、作品にカーテンがかけられ見られなくなりました。

さらに工事作業員らしき若い男性も加わり、彼の指示によって室内に置かれた備品?などの移動を二人で始めました。私と他のお客さん(一組)は、何がなされるのかと、片隅で見続けました。少しずつ加わる新しいお客さんも、足を止め怪訝そうな顔で見ています。

時間が経つにつれて、私は二人が意味のないことをしているのではないかと思い始めました。A地点にあるものをB地点に移動させ、その後再びA地点に戻す。

しかし、その場を離れるお客さんは多くはありません。皆、これから何かが起こるはずだと期待しているようです。ついさっきまで、私もそうでした。「これは変だ」というような声を上げる人は誰もいません。

私は、そうした他のお客さんの表情を見ることが、だんだん面白くなってきました。ちょっと趣味悪いですが。

だいぶ時間がたって、二人は 室内を最初の状態に戻しおえると、再び作品を隠していたカーテンを開けて去っていきました。

美術館に作品を観にくるお客さんは、そこに観るに値する作品があることを当然の前提としています。それに疑問が生じても、そんな自分自身の方を疑い、信じつづけようとします。そういった前提や思い込みを、思いっきりぶち壊すのが、このパフォーマンス?だったのでしょう。肩すかしに合い気分を害した方もいたかもしれませんが、私はなんだか痛快な気分になりました。

次にエレベータで7階から8階に上がり、新しい会場に足を踏み入れると、頭の中がまたしても????でいっぱいになりました。あれ??、エレベータで8階に上がったはずなのに・・・。ここ7階?目に入る会場内の様子が、さっきまでいた7階と全く同じなのです。さっき感銘を受けた針金の作品も、まったく同じ場所に同じように展示されている。よくみると、作業中のため散らばっていた箱や梯子など備品類も同じです。

これは、一階にあった備品類ですが。

そこで、再びエレベータで7階に移動し確認しました。そこはやはり同じ風景。7階と8階で、床に捨てられている紙テープの位置まで同じでした。エレベータは実は移動していなかったのか?とも一瞬考えました。パラレルワールドも、瞬間頭をよぎりました。 でも、どうやらそうではなさそう。 つまり、2フロアーに渡って、全く同じしつらえを造りこんでいるのに、間違いなさそうなんです。

フロアーごとに見える景色が異なるはずだ。 これも私の思い込み。まさか美術館でそこまでやるとは思いもよりませんでした。しかし、これも思い込み。毎日自分が、どれだけ思い込みで生きているのか、痛感させられました。人間は、眼で見ているようでそうではない。既に頭の中にあるイメージを確認するために、「見ている」のです。

しょせん私の目はいいかげん。見ても、「非常に、はっきりとわからない」のです。アートの機能のひとつは、見る人が意識していない思い込みに疑問を抱かせ、心にさざ波を引き起こすことだと思います。そういう経験はなかなかかできるものではありません。だから、アートは楽しい!

これらの作品は、「目[mé]」 という現代アートチームによるものです。本当に面白かったです。

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