書「半夏生」

もう季節外れになってしまいましたが、6月の初めに松田正平による「半夏生」と書かれた書を手に入れました。

松田正平はもう15年前に亡くなってしまいましたが、ずっと前から好きな画家です。2年前の春、修善寺の「あさば旅館」に泊まった時、偶然にも泊まった部屋の床の間に、松田正平の書「大空」が掛け軸としてかかっていました。

それまで松田の絵画は何度も目にしていましたが、その時初めて実物の書を、十分時間をかけて観ることができたのです。何とも言えない味があって、絵も素晴らしいけど、書も魅力的で見惚れてしまいました。この書のおかげで、あさば滞在も豊かなものになった気がします。

その後、松田の書を探していたのですが、なかなか巡り合いませんでした。そして、6月にたまたま立ち寄ったギャラリーで、松田正平の書を中心とした個展に出会ったわけです。いくつかの書が展示されていましたが、迷いに迷ってこの「半夏生」を選びました。

恥ずかしながら、それまで私は「半夏生」(へんげしょう)という言葉を知りませんでした。以下を、「暮らし歳時記」から引用します。

夏至(6月21日頃)から数えて11日目の7月2日頃から七夕(7月7日)頃までの5日間を半夏生といいます。田植えは半夏生に入る前に終わらせるものとされ、この頃から梅雨が明けます。

「半夏生」は気候の変わり目として、農作業の大切な目安とされています。

田植えは「夏至の後、半夏生に入る前」に終わらせるものとされ、それを過ぎると秋の収穫が減るといわれてきました。

また、「半夏生」という名前の草もありますが、七十二候でいう「半夏」とは別の植物です。名前の由来は、半夏生の頃に花が咲くからとする説と、葉の一部を残して白く変化する様子から「半化粧」と呼ばれたのが「半夏生」になったとする説などがあります。また、古くはカタシログサ(片白草)とも呼ばれています。

http://www.i-nekko.jp/meguritokoyomi/zassetsu/hangeshou/

ギャラリーのオーナーから同様の内容を教えていただいたのですが、何とも言えず美しい言葉だなと感じました。

この書はオーナーの目の前で松田が書いたものだそうで、松田は「はんげしょう、はんげしょう・・・」と口の中で転がして、「いい響きだな」と語ってから、それを書いたのだと教えてくれました。

ところで、私は今回初めて書を購入しました。あらためて、書に向かい合ってみると、絵画のようでもあり、そうでもないという不思議な印象を持ちました。

漢字は象形文字ですので、絵画的要素はもちろんあります。しかし、絵画と異なるのは作家と作品を生み出す時間を共有する感覚です。漢字には書き順が定められており、作家もその書き順で書いたはず。書を見ながら、頭の中で書き順に従って文字をなぞっていきます。書ですから、力の入れ具合や、筆の運びも何となく想像できます。そうすると、自分と松田正平が一体となり、同じ時間を過ごしていくような気分になるのです。作家と一体となった至福の時間、それを書によって味わえる感覚。

作家の時間を再現し共有できるという意味では、書は絵画よりも、音楽に近いのかもしれません。

音楽を味わうように書を味わう。偶然の松田の書との出会いから、世界が少しだけ広がったような気がします。