意識と身体

意識とは、やっかいなものいです。意識しなければ集中できない気もしますし、意識するとうまくいかなくなることもあります。

普段、意識しなくても呼吸できますし、左右交互に足を出し歩くこともできます。私は、お風呂場で洗髪する際、よくシャンプーの後でコンディショナーを使ったかどうか迷ってしまうことがあります。無意識の作業になっているため、記憶に留まらないのです。意識と身体の関係は、とても密接なようなで密接でないような、不思議な関係です。

私が意識と身体の関係について関心を持つようになったのは、お仕舞を初めてからですので、もう5年以上になります。お仕舞は、謡に合わせて決められた型を基本にして舞うもの。時間は2分から長くて4分くらいなので、長くはありません。型もいくつかのパターンがあり、それの組み合わせなので、それほど覚えることは多くありません。

謡の詞章(ことば)に合わせて型を繰り出すので、それが難しいといえば難しいですが、動き自体は簡単に覚えることができます。

それでも発表会などで舞台に立つと、思うようにできません。毎回、悔しい思いをします。なんで稽古のようにできないのか?これまで稽古では一度も間違えたことがない箇所を、なぜ本番で間違えるのか?その繰り返しです。

そこには意識と身体の関係がきっとかかわっている、との直感がありました。だから、意識、脳、心理、身体、感情などに関する本を読み漁りました。

そうして、だんだんわかってきました。人間の身体の多くは無意識によって作用している。意識のレベルで自分のものにしてもダメで、無意識のレベルで動けるようにならなければ自分のものとは言えない。たとえそれに到達できたとしても、ふとしたことで意識が介入してくる。そうなると無意識のレベルが混乱してしまい、思うようなパフォーマンスができない。

本番の舞台の上で頭が真っ白になったことがあります。それは、もともと無意識下にあった状態(真っ白)に意識が介入して、もともと「真っ白」だったものを、「真っ白だ」と発見してしまったことで、「真っ白」という認識が顕在化してしまい、身体の動きが「止まって」しまうというプロセスだったと思います。

そうしたことを認識しつつ、今年も先日発表会がありました。私は、できるだけ意識しないことを心掛けました。また、何かに一つに集中するのではなく、「文脈」を支配しようと「意識」しました。自分なりに稽古を積み、詞章と型の関係も身体に染み付いた感覚もありました。

そして本番。私の直前の出番の方は素謡だったので約25分も舞台にいます。私はその間、楽屋に控えていました。25分は長いです。そこで、人のいない和室で、頭の中で謡いながら仕舞を通して舞ってみました。動きの最終確認です。

その時、来てしまいました。普段は何の疑問も抱かずに流れていく動きの一部が、わからなくなってしまいました。「あれ、どうだっけ?」周りには誰もいません。少し焦りましたが、もう一回やれば体が勝手に動くだろうと信じ、再度挑戦。しかし、そこにはもう意識が介入してきており、それを振り払うことはできません。焦りが焦りをよぶ。心と身体が分離してしまったかのようです。子供の頃、野球のホームベースを見て、なぜかあの独特の五角形がホームベースに見えず困ったことがあります。ホームベースだとわかっているにもかかわらず。それと似た感覚。

そして、私の出番。切戸口から身をかがめ舞台で出る。後ろに座る3人の地謡の真ん中の先生(観世喜正師)の姿を確かめ、その前(大小前)に片膝で座り構え、一呼吸置いて謡いだしました。

「和光利物の御姿~」

大きな声を出すように指導されていたので、思いっきり大きな声で謡ました。しかし、なぜかその時に限って、最後まで息が続かない。「すがた~」が絞り出すよう感じになってしまった。「おかしい。」少し不安が芽生えます。そのシテ謡の後、立ち上がる。

何とか舞を続け、やがて問題の箇所に。勝手に体が動いてくれることを期待しましたが、そうはいかず。やはり出てこない。とっさに誤魔化して次の動きに移りました。

その動揺が後を引いたと思います。その後も、万全とは言えませんでした。ただ、言えるのは、以前だったらこういう状態に陥ってしまうと、もっと動揺してしまい、真っ白になってしまいましたが、今回はそこまでの動揺ではなかったことです。失敗を予測し、それに慣れたともいえるのかも。

仕舞を終え、橋掛かりを歩み幕へ向かう数秒の間、悔しさとダメージが以前より少ないことへの安堵感とが入交じりました。もちろん悔しさのほうが大きいですが。

こうして、心と身体の統一、あるいは整合を、今年も果たすことができませんでした。しかし、次回こそはリベンジ、とのエネルギーは湧いてきました。

こうして毎回、終演後の懇親会に悔しさを持って向かい、そこで発散するのです。(今年はコロナで抑え気味でしたが)

GO TO トラベルキャンペーン??

昨日、GO TO トラベルキャンペーンを東京発着を除外した上で、全国で7月22日から実施することが決まりました。

東京発で感染が全国に広がる中、前倒し実施(もとは8月1日実施だった)することへの反論が高まりつつのに慌てて、折衷案的に東京除外が決まったかのようです。

給付金10万円騒動、検察官定年制変更騒動に続いて、またかという印象です。

旅行業界が窮地に立っており、救済策が必要ということは理解できます。しかし、その打ち手として、このタイミングでの旅行者への費用補助が適切なのでしょうか?

そもそもGO TO キャンペーンを企画した官僚は、こう考えたのに違いありません。

・旅行費用を補填すれば、喜んで国民は旅行に出かけるだろう

・旅行業界は、喜んでそうした旅行者を受け入れるだろう

こう考えるには、以下のような隠れた前提があります。

1)国民は損得を基準に判断して行動する。だから補助すれば動く

2)感染対策の徹底を条件にすれば、国民は従順に従う

3)国民は政府からの補助がなければ自粛して旅行しないだろうから、費用補助の費用対効果は高い

4)仮に旅行によって感染が広がったとしても、その経済的損失よりも観光業界を救済する経済的メリットの方が大きい

この仮説は、果たして正しいでしょうか?私にはそうは思えません。

1)人間は損得以外の理由で行動します。例えば、現在の感染状況では、多くの都民は(仮にキャンペーンから除外されなかったとしても)自分が地方にコロナ感染を広める可能性があると思い、たとえ費用補助があっても旅行を止まるでしょう。「そんなカネに釣られて地方に旅行するような軽薄な人間ではない」と思いたいはずです。すでに、軽井沢などの観光地では、いったん入った都内からの予約は軒並みキャンセルされているそうです。結局、そうは思わず喜んで旅行するのは、「夜の街」で感染を広げるような倫理観の持ち主ばかりになり、感染リスクは高まるばかりでしょう。これは東京に限ったことではありません。

2)政府から、「もう旅行に出かけても大丈夫ですよ」とのいわばお墨付きを得た人々が、感染対策を徹底するでしょうか?迎える側の旅行業界は対策を必死で徹底するでしょうが、徒労に終わるリスクは高いと思います。

3)人々は自粛生活に飽き飽きしています。もし感染がおさまれば、政府からの補助がなくても喜んで旅行に出かけるでしょう。リベンジ消費が実際に起きたように。したがって、この施策の費用対効果は著しく低いと言えるでしょう。

4)先にも書きましたが人々は、政府が旅行を推奨するということは、コロナ感染に対する個人の行動規制はもうあまり必要ないだろうとのメッセージだと受け止めます。観光業界救済の意図があるとはいえ、旅行する人々にとってはどうでもいいこと。緩和メッセージだけが一人歩きし、その結果無防備な旅行者が感染したり広げたりすれば、非難を受けるのは感染者を出してしまった旅行業界になるでしょう。そのダメージは致命的になりかねません。旅行業界にとっては、短期的な旅行者増の経済的メリットよりも、遥かに大きな損失の可能性が想像できます。クラスターを出したホテルだと知られれば、その後数年間もお客から避けられるかも知れません。また、ある温泉地の旅館が感染者を出せば、同じ温泉地の感染者を出さなかった他の旅館にも被害が及ぶかも知れません。

合理的な経営者であれば、GO TO キャンペーンに両手を挙げて賛成することはできないのではないでしょうか。

もし目先の売り上げがなければすぐに倒産してしまうという旅行業界の企業があれば、そこに補助金を出した方が、税金の使い方としてはキャンペーンよりも費用対効果は高いと思います。

ひとの心に対する想像力が弱い官僚や政治家に、コロナ禍という未曾有の危機のもとでの舵取りを委ねざるを得ない日本。そこが最大の悲劇なのかもしれません。

*速報によると、本日の都内の新規感染者数は、過去最高の293名だそうです。

「情動はこうしてつくられる」を読んで

2007年に「定量分析 実践講座」という本を書きましたが、その中で意思決定の三要素として、合理性と感情と価値観を挙げました。どれも大事だが、本書は合理性に絞って意思決定を学びましょうというものでした。

その後、月日が経つにしたがって、合理性よりも感情や価値観の方が遥かに大きな影響力を持っていると感じるようになりました。齢を重ねるというのは、そういうことなのでしょう。

意思決定とは、情報処理でいえば最終工程です。そこで使われる合理性とは、極論すれば誰もが同じ判断に至るためのツール。最終工程では、他者とは差がつかないということになる。

現実は異なり、差はつきます。なぜか?それは意思決定という認知活動の、前工程である「知覚」活動に差がつくからです。知覚とは、眼や耳といった外部からの感覚刺激を脳で統合して「意味」をつくることです。統合する際は、外部刺激の他、内面からの刺激、すなわち経験や知識といった記憶も合流します。脳は、内外の区別をつけることはなく、同じ種類の情報として扱います。

つまり、流入する情報が仮に同じだったとしても、受け入れる人によって全く異なる意味をつくりあげても不思議ではないのです。(いかに目撃証言がいい加減か!)

このような知覚のプロセスにおいて、情動(感情)が大きな影響を及ぼすことは安易に想像できます。では、情動はどのようにして生まれるのか?

かつては、脳には各情動に反応する部分があり、外部刺激がそこに到達し反応、その情動が生まれると考えられてきました。人間を機械に見立てると、そう考えたくなります。しかし、近年の脳科学の発達で、そうではないことがわかっています。

「情動はこうしてつくられる」から、以下に私なりの理解を書きたいと思います。

情動の前段階で、「気分」がつくられます。気分とは、無意識に身体が行う調整機能によって形成されます。人は無意識に呼吸をしますし、緊張したりもします。こうした無意識反応は、刺激に対して人が生命を効率的に維持するために、勝手に体が作用するものです。こうした無意識の作用を「内受容ネットワーク」が司ります。こうした体の反応の結果生まれるのが「気分」です。気分は、快・不快と覚醒・未覚醒の2軸で整理できます。例えば、不快で未覚醒は、無気力や落ち込んだ気分となります。コロナ禍で外出できず、天気も悪かったりするとそんな気分にもなります。

さて、そうした気分が情動に影響を与えます。気分を受け取った脳は、勝手にその原因を探ります。さまざま可能性が芽生えます。コーヒーを飲み過ぎた、嫌な奴から電話がかかってきたなどなど。思いつく原因もさまざまに分類できますが、分類するにはそのための概念が不可欠。その概念がなければ、分類もできずそれを説明する情動も生まれない。そうした概念とは、過去の経験によってつくられたものです。

こうして現在の状況、文脈にとって最も可能性の高そうな概念基づき情動が選ばれ、つくられます。(ここで作用するのが「コントロールネットワーク」)つまり、情動は脳がつくりあげた意味なのです。つくりあげた意味に基づき、ヒトは行動し、意思決定もするのです。

こうしたことがわかれば、意思決定の質を上げには、まず知覚の質を上げることが重要だとわかります。そのためには、

 ・気分を整える

 ・さまざまな情動概念を持っておく

 ・さまざまな経験を積んでおく

といったことが役立ちそうです。

ただそれ以上に、上記のメカニズムを理解しておくことで、自分の現在の情動を客観的に認識することを習慣づけることが大切だと思います。なんで今、自分はこんなにイライラしているのか、そんな気分を招く刺激はどこから来ているのか?この悲しみは、どんな刺激や経験、過去の記憶から生まれ出ているのか?なぜコントロールネットワークは「悲しみ」を選択したのか?

こうした思考を常に持つことです。

意味の生成(情動も含む)とは、与えられた情報を超えるものです。超えたところに人間性の違いが出る。だから人間は面白いともいえるのではないでしょうか。

映画「パターソン」を観て:日常の大切さ

日常の生活に少しずつ戻りつつありますが、自粛下の下で日常の生活のありがたみがしみじみ感じられたように思います。日常とは同じ事の繰り返しで、退屈なものだと思いがちでしたが、必ずしもそうではないかもしれない。

そんなことを漠然と考えていたタイミングで、まさにぴったりの映画を先週金曜日の夜、やっと再開したアップリンク吉祥寺で観ました。2017年封切りの「パターソン」です。

ジム・ジャームッシュ監督らしい、日常を綴った小津安二郎のような作品です。パターソンという街でバスの運転手を務めるパターソン(街と同じ名称)という男性が主人公です。パターソンは毎朝、6時15分前後に目覚ましなしで目を覚まします。隣で寝る妻ローラにキスして起きあがり、一人でオートミールらしきものを食べ、出勤します。家の前のポストが傾いてないことを確認して。

そして、必ず毎日定時に仕事を終え帰宅。ポストから郵便物を取り出し、なぜか傾いている柱をまっすぐに直してから家へ。(実は毎朝パターソンが出かけた直後、飼い犬マーヴィンがわざわざ柱を倒している。後の展開の伏線でもあります)夕食後、マーヴィンを散歩に連れていきます。ただ、目的は途中で必ず寄るバーのようです。マーヴィンを店の外につなぎ、カウンターでビールを一杯だけ飲み、帰宅しまた寝る。毎日がこの繰り返し。

パターソンがひとつだけ他の人と違うのは、毎日詩を書くことです。 出発前の運転席やランチを取る公園のベンチ、そして家の地下のガレージ端の小部屋で、小さな少々みすぼらしいノートに小さな字で詩を書き連ねていく。静かな日常を描いた、とても穏やかな詩。この映画は、こうした詩を映画で表現したかのようです。

ローラもそれらの詩が気に入っており、どこかに発表することをしつこく勧めます。でもパターソンはその気がありません。自信がないとかではなく、必要を感じないのです。夫婦の性格は正反対。外交的でチャレンジが好きなローラと、内省的で変化を嫌うパターソン。でも、とても相性が良いのです。

こんな特に大きな変化がない日常ですが、少しずつアクセントとなる出来事があります。それがさりげなく描かれているのがこの映画の素晴らしさです。

虫も殺さないようなパターソンですが、かつて海兵隊におり、そこで車輛に関わる危険な任務に就いていたことが、微かに暗示されます。それによってパターソンの人間像に厚みを加えています。

ある朝、目覚めてローラにキスしたとき、彼女は見ていた夢について語ります。「二人の間に、双子の赤ちゃんが生まれた」と。パターソンはその日から毎日のように双子を街で見かけます。まるで、パターソンに会うよう誰かが仕掛けたかのように。パターソンは無意識のうちに、ローラの発した「双子」を探してしまうのかもしれません。それに気付いたパターソンは、どう感じているのでしょうか?

適度な距離感を保ちつつも、毎日のように接する愛すべきユニークな人びととのさりげない会話。ときに事件らしきことも起きますが、パターソンは何となくうまく対応していきます。「対応」というよりも「始末」の方がピッタリかもしれません。

ある日、ローラは詩の発表はしなくても、せめて詩のノートをコピーしておくことをお願いします。パターソンもしぶしぶ頷き、週末にコピーを取ることを約束します。その週末、ローラは朝から出かけ、自作のカップケーキを初めて出店したマーケットで販売しました。パターソンは詩作に熱中してコピーは取らなかった。

ケーキが完売して大喜びで帰宅したローラと、お祝いの食事と映画館(ゾンビ映画)に出かけます。こうした嬉しいアクセントも、パターソンは大事にしているのです。ただ、詩のノートをうっかりソファに置いたまま・・・。マーヴィンは散歩に連れってもらえず不満そう。

楽しい時間を過ごした二人を待っていたのは、ソファの周囲でこなごなに喰いちぎられたたくさんの紙片。ローラは御仕置としてマーヴィンを地下のガレージに閉じ込めますが、パターソンは出してあげます。しかし、パターソンは落ち込む。観客は、「だからローラがコピーしおいてと言ったじゃないか」と誰もが思うことでしょう。でもローラはそんことは言いません。優しく慰めるだけ。

パターソンにとって詩は発表するためのものではないので、ノートが消滅してもいいではないかとも考えられなくもない。また書けばいいじゃないか、と。でも、彼にとって書き溜めてきた詩は、自分自身にとっての生活そのもの、生きている証だったのかもしれません。それ程落ち込んでしまいます。この映画で一番の事件。

気を紛らわすために散歩に出たパターソンは、滝の見えるベンチで座り込む。そこに永瀬正敏扮する、よれたスーツを着た日本人中年男性が隣に座っていいかと話しかけ座ります。その日本人は、パターソン出身の詩人の詩集(日本語)を手にここまでやってきたのです。パターソン自身も大好きな郷土の詩人。その日本人も詩作をするのだと言い、二人はここパターソンに関係する詩人について言葉を交わします。日本人は、お礼にノートをパターソンに渡し去っていきます。見慣れない(多分日本製)綺麗なノート。パターソンはしげしげとそのノートを眺め、少し明るい表情へ変わっていったように感じました。

永瀬は少ししか登場しませんが、とても重要な役どころです。異国からわざわざ詩に導かれてパターソンまで来た日本人がいる。別にパターソンを勇気づけるとか詩作を促すわけではないのに、パターソンに再び詩を書く気持ちを奮い起こさせる。永瀬は立派にその難しい役割を果たしたと思います。

この作品で描かれているのは、何の変哲もない日常の大切さ。そして、再び立ち上がる小さな勇気です。緊急事態がずっと続いたからこそ、この作品が心に沁みたとも思えますが、もしかしたらそれだけではないのかもしれません。

「日常」に対置するのは「非日常」ですが、それにも2種類があると思います。コロナ禍による緊急事態や戦時のような本当の「非日常」と、もう一つはビジネスやスポーツなどで競争に勝ち成功を収めるような、いわゆる「セレブ」的な非日常、非凡さと言ってもいいかもしれません。パターソンは前者の非日常を知っているから、現在の「日常」にこだわっているのでは、と妄想してしまいます。一方のローラは後者の非日常に憧れながらも、日常をも楽しんでいる。

ここで描かれた日常の意味は普遍的であり、国もタイミングも関係ありません。ただ、観る人の経験の深さを選ぶかもしれません。小津映画のように。

6月4日に映画「タクシー運転手」を観て

今週から、さまざまな業種で営業自粛要請が緩和されました。「自粛」の「要請」といういかにも日本的な対応でしたが、ほとんどの店舗などが要請を受け入れました。経営の厳しさは、想像に余りあります。せめて緩和直後にお店や施設を訪れようと、火曜のスポーツジム、水曜の英国料理店(屋外テラス席)、そして昨日は待ちに待った映画館。どこも、とても厳重に感染対策を施していたので、電車に乗るよりも遥かに安全だと感じました。

さて、緊急事態宣言明けに最初にどの映画館で何を観ようかと検索してみると、シネマート新宿で「タクシー運転手」を昨日(6/4)だけ上映しているのを発見。2018年に日本で封切られた韓国映画で、その評判を耳にしていたものの見逃していた作品。これはいい。その映画館サイトをよく見てみると、なんとこの映画だけ無料上映(2回)とのこと。自粛明け初日だけ半額割引している映画館はありましたが、なんと無料。お客さんに早く戻ってきて欲しいとの、その館の強い熱意を感じ、行くことに決めました。ただ、何でこの日だけ上映の「タクシー運転手」だけが無料なんだろうと思いつつ・・・。

無料だし混雑していないか心配で、もしぎゅうぎゅう詰だったらやめようと思いながら入ると、大丈夫。全席指定で、座席は一席おきにしか座れないので安心です。入りは4割くらいだったでしょうか。

さて、作品は評判通りとても素晴らしいものでした。1980年5月の光州事件を扱っています。光州事件は、当時日本でもわずかに報道されていた記憶はありますが、韓国では報道統制で1990年代までほとんど知られていなかったそうです。

以下はWikipediaの光州事件から。

1980年5月18日から27日にかけて大韓民国(韓国)の全羅南道の道庁所在地であった光州市(現:光州広域市)を中心として起きた民衆の蜂起[1]。5月17日の全斗煥らのクーデターと金大中らの逮捕を契機に、5月18日にクーデターに抗議する学生デモが起きたが、戒厳軍の暴行が激しかったことに怒った市民も参加した[1]。デモ参加者は約20万人にまで増え、木浦をはじめ全羅南道一帯に拡がり、市民軍は武器庫を襲うと銃撃戦の末に全羅南道道庁を占領したが[3][4]、5月27日に大韓民国政府によって鎮圧された[1]。

韓国政府は抵抗する光州市民を「スパイに扇動された暴徒」であるとした[5]。(中略)また、ドイツ公共放送(ARD)東京在住特派員であったドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーター[7]が事件を報道した

作品は、このドイツ人記者と彼をソウルから光州まで乗せて取材に同行し、また空港まで送った韓国人タクシー運転手との友情を、実話に基づき描いたものです。お金目当てで光州まで乗せることにした運転手(ソン・ガンホ)が、光州事件の惨状を目の当たりにし苦悩していく心情が、ビンビン伝わってきました。素晴らしい演技!

それにしても、平和的にデモを続ける市民を容赦なく銃弾で鎮圧する軍隊の恐ろしいこと。とてもリアルです。軍と軍が戦闘する戦争映画はたくさんありますが、無抵抗の市民を武装した軍隊が攻撃する映画は、ほとんど観たことがなくショッキングで、魂が揺さぶられました。

映画を観ながら思い浮かんだのが、香港でのデモと、まさに現在進行中のアメリカでの警察官による黒人暴行殺人をきっかけにした、人種差別反対デモのうねり。そして、催涙弾で無抵抗のデモ隊を蹴散らし、そこを悠然と教会まで歩き聖書片手の姿を撮影させたトランプ大統領。それらがダブって見えました。

そして映画館を出た瞬間、もう一件あったことが、ふと思い出されました。天安門事件。あれは、たしか1989年6月4日だった。まさに、31年前の今日!なんと、今日は天安門事件の記念日だったのか・・・。あの日、テレビで観た「タンクマン」、向かってくる戦車の車列にゆっくり歩いていき、戦車の進行を妨げた素手の男性の姿がありありとよみがえってきました。彼の消息は不明だそうです。

「国家安全法」制定目前で、最後となるかもしれない天安門事件追悼集会を禁じられた香港、アメリカでのデモの連鎖とトランプ大統領の言動、

そして天安門事件の記念日、だから今日だけ「タクシー運転手」を上映、しかも無料で上映したのか、とその意味に気づきました。館内にもサイトにもそんなアピールは一切ありません。私は、映画館主の心意気に心を打たれました。やっぱり映画と映画館は素晴らしい!(もしかしたら、私の思い過ごしなのかもしれませんが)

オンラインでのインタラクションの可能性

ご多分に漏れず、私もオンラインでの複数他者とのインタラクションの機会が増えてきました。

一方通行型のオンラインセミナーやeラーニングは、以前からありましたが、インタラクションが伴うオンラインが、これほど短期間で普及したのは、新型コロナのなせる技でしょう。

オンラインでのインタラクションににも、いくつかのパターンがあります。私が経験したのは、以下です。

 1)集合研修の代替としてのオンライン研修(二日間)

 2)オンラインでの打ち合わせ

 3)オンラインでの勉強会(プレゼン&質疑応答形式)

 4)オンライン飲み会

その評価は、多くの方がおしゃるように総じて「使える」という印象です。

もちろん、パターンや前提条件によって異なりますが、思った以上に機能できていると感じます。

しかし、気をつけなければならないのは、何と比較して「使える」かです。オンライン教育の世界では、SAMRという切り口があるそうです。私なりに解釈してみます。

・Substitution:(代替) 対面の学習をどれだけ置き換えることができるか

・Augmentation:(添加) オンラインにすることによって、便利になることがあるか

・Modification:(変容) 対面ではできなかった教育を新たに実現できるか

・Redefinition:(再定義)そもそも何のために教育するのか、再定義する

多くの「使える」は、SとAの切り口でのことと思われます。

オンライン研修を実施してみて、そう実感できました。例えば、グループ討議の観察や介入はリアルな研修よりも効果的です。簡単にそのグループの討議に入り込めますし、講師側のカメラをオフにしておけば、受講者はそれほど講師の存在を意識せずに話をすることができます。

また、チャット機能をうまく使うことで、リアルでは収集しづらい意見や疑問を拾い上げることができます。

Mについては、まだ実現はしていませんが、その可能性は感じました。きっと、今後使いこなすことによって様々なアイデアが出てくることでしょう。

Rは、例えばこんなことです。もし知識習得がオンラインで代替できるのであれば、そもそも学校に集まることにどんな意味があるのか?学校教育を再定義し、オンラインとリアルを組み合わせて、学校の存在意義を追求しようとの考えです。企業研修でも同様で、リアルに場を共有する価値を見極めて研修の再定義や再設計につなげたいものです。

さて、オンライン技術によって研修だけでなく上記4パターン全てに、M,Rの可能性が見えてきました。

一方で、オンライン技術の活用によって、リアルの価値も改めて見えてきたように思います。

報告目的の会議であればオンラインでも十分代替可能ですが、意見交換することで新しいアイデアを創出する目的であれば、どうしても「もどかしさ」を感じます。映像で他者の表情をある程度は認識できますが、リアルに比べ情報量は圧倒的に少ない。

リアルな場では五感を駆使して情報を入手し、自分の思考を刺激させています。そのことが改めて実感させられました。時間だけでなく場を共有し、その場が一つの有機体になる「感じ」はリアルの醍醐味であり、大きな価値です。どれだけオンライン技術が進化しても、その代替は難しいと思われます。

自宅マンションで大好きな犬が飼えないので、犬型ロボットのaiboを買った知り合いがいます。かなりよくできていて満足だそうですが、満足すればするほどさらに本物の犬の良さが際立ってきて、複雑な心境とのこと。オンラインとリアルの関係に似ていると感じます。

ポストコロナの世界では、それまでとはインタラクションの方法や目的、様相などが変わってくることでしょうが、私たちにとって、可能性が広がることは確かです。そのための準備を、今からしておきたいと思います

映画「三島由紀夫VS東大全共闘」にみる一流の知性 

私にとって三島由紀夫は伝説上の人間でした。しかし、この映画を観て、生きた人間としての三島を生々しく感ずることができました。

1969年5月13日、東大駒場900番教室に1000人以上の学生が三島との討論に集まった。三島は、いわば1000人の敵の中にたった一人で乗り込んだようなものです。まず、その勇気に敬服します。

また、三島を討論会に招いた東大全共闘も大したもの。その年の1月に有名な安田講堂陥落があり、学生運動の敗北が顕在化しつつあるこの時、学生らは暴力ではなく討論で運動を続ける道を模索していたようです。だから、三島を招いた。直球勝負です。

さて、会場の三島はそれなりの覚悟をしてきているのでしょうが、学生らに比して余裕が感じられます。TBSのTVカメラ撮影班と新潮社のカメラマン(一人)が入っていますが、三島は彼らがいい映像を撮れるように配慮しているようにも見えます。

また三島の演説は言語明瞭かつ、できるだけ理解しやすい言葉を選んで話しているように感じます。一方の学生側は、やはり上すべりな借りてきた言葉が多いように私には思えました。三島は自分を卑下するようなユーモアを駆使して、学生を引き寄せようとします。言葉で打ち負かせようとか、相手の揚げ足を取ろうとか、そういう下賤な語りは一切ありません。学生らを揶揄するどころか、敬意すら感じさせます。

学生が発言しているときは、じっと真剣に聞き入ります。カメラはその目の動きも捉えていますが、本当に相手の発言を理解しようという目でした。

三島は言います。
「諸君が安田講堂の立て籠もっているとき、一言『天皇』と発してくれたら、僕は諸君らのもとに駆け付けた。」

最初この言葉を聞いたときは、一種のリップサービスだと思いました。しかし、映画が進むうちに、その言葉は真実だと確信しました。

三島は全共闘のことを、意見が異なるところはあるが、根っ子では通じる部分があると信じていたのだと思います。だから、「言い負かす」ために来たのではなく、「共闘する」ために来たのでしょう。何と闘うのか?それは、いい加減で自分のことしか考えない現在の日本及び日本人に違いありません。

だから、討論は熱くはなりますが、そこにはお互いへの敬意があります。さらに、ユーモアも。東大全共闘きっての論客といわれる芥氏は、愛娘を抱きかかえながら熱弁をふるいます。その姿を見る三島の目には優しさが。緊張となごみが絶妙のバランスを取って、その場が成り立っているようです。

この討論会を企画した東大全共闘の木村氏は、後日三島にお礼の電話を入れたそうです。その時、木村は「君、盾の会に入らないか?」と誘われ、どう答えていいものか困っていたところ、「近くに誰かいるのか?」と鋭い質問。木村の将来の奥さんがそばにいたのです。電話を代わってほしいと頼まれ彼女に代わったところ、5分くらい二人で話し込んでいたそう。彼女に何の話を三島としたのか尋ねても、ずっと答えなかった。ようやく、つい最近奥さんはこう告げました。「三島さんが、彼を愛しているのか?と聞くので、はいと答えました。」

その約一年後、三島は自衛隊市ヶ谷駐屯地で盾の会メンバーの森田必勝の介錯で自決。森田もすぐ後を追った。

映画の最後に、「熱情」と「敬意」と「言葉」がそこにはあったとのナレーション。まさに、今ないものがそこにはあったのです。

ところで、自決した森田を右翼運動に引き込んだのは鈴木邦男です。鈴木を追ったドキュメンタリー映画「愛国者に気をつけろ!」では、鈴木が毎年森田の命日にお墓参りをしている姿を映していました。映画の中で鈴木はこう言っていました。

「思想が違っても話し合える相手はいる。そういう人と話すことで自分が成長できる」「自分が正しいと信じる人は間違う。絶対正しいということなどない」

「熱情」と「敬意」と「言葉」、忘れてはなりません。


さすがというしかない。

奄美大島で考えた「人間と自然」

新型コロナウィルスは、野生動物から感染が始まったといわれています。人間の自然に対する傲慢なおこないが、自然界からの逆襲にあっていると言えなくもありません。

そこで思い出すのがゴジラ。ゴジラは、原水爆実験により太古の眠りから呼び覚まされ、人間に対して逆襲するのです。

その映画ゴジラの撮影がなされた奄美大島の金作原原生林に、先週末行ってきました。 金作原原生林は亜熱帯性の木々が生い茂り、なるほどゴジラにふさわしい場所です。認定エコガイドと一緒のツアーでしか、その原生林に入ることはできません。

巨大なヒカゲヘゴ(樹ではなくシダです)
樹齢150年以上の椎の木

ガイドの解説により、目の前の風景が時間的、空間的に広がったものに感じられることが不思議です。知識はこうした五感と結びつくことで、適切に意味されることが体感できました。

さてガイドの解説で興味深かったのは、奄美大島の成り立ちの歴史と動物の関係です。奄美大島は1000万年前までは大陸と陸続きでした。そして約200万年前、 奄美大島、徳之島、沖縄島を含む中琉球が大陸から隔離されます。

かつては近隣地域にも分布していた種(系統群)が絶滅していく中、新たな天敵(捕食者)やライバル(競争相手)が越えられない海峡で隔てられた島嶼にだけ種が生き残りました。 隔離により種分化し、島独自の環境へ適応し固有種へと進化しました。

ハブは沖縄-奄美大島-徳之島には生き残っていますが、海峡をはさんだそれより北にはいません。 アマミノクロウサギは、かつては大陸にもいたのでしょうが絶滅し、奄美大島と徳之島だけに生き残りました。奄美大島には鹿や猿などの大型動物はおらず、生物連鎖の頂点はハブだったので、ハブから逃れる術を身に付けたことで生き残ったのでしょう (ハブや夜行性でマングースは昼間活動します )。最も原始的形態を残したウサギといわれています。

アマミノクロウサギの剥製

しかし人間にとっても、ハブは恐ろしい生きものです。そこで、ハブの天敵といえばマングース。1979年に30頭のマングースが島に放たれました。ところが一向にハブは減りません。マングースは昼間活動するので、夜行性のハブと決闘することなく、代わりにアマミノクロウサギを食べていたのです。おかげでマングースはどんどん増え (2000年頃には約1万頭) 、アマミノクロウサギは激減。

連れてこられた可哀そうなマングース

そこで、2005年にマングースバスターズが結成され、現時点ではほとんど駆除されたそうです。おかげで、アマミノクロウサギは増加しているとのこと。ツアーで見ることはできませんでしたが、道の脇の糞は見ました。草むらでなく、開けたところで糞をするのは視界が開けていた方が安全だからだそうです。

しかし、新たな敵が現れています。それは人によって捨てられた野良猫(現地ではノネコ)。従って、現在はノネコの駆除が、保護活動の中心になっています。

このように、生態系はとてもデリケートなもので、そこに軽はずみに人間が介入することで、簡単に崩れてしまう。 人間は自然に対して、もっと謙虚になるべきでしょう。

ノネコ、アマミノクロウサギをハント

そして、もうひとつ教訓があります。問題を解決すべく人間が考えて行う施策には、必ず他への波及効果がある。時間的にも空間的にも因果関係が複雑に絡み合う。そうした波及効果をある程度見越したうえで総合的な判断をすべきです。しかし、全ての波及効果まで見通すことは不可能。ただ、不可能だと認識したうえで、今何をすべきかを決めるのと、短絡的に「釘が出ているので打とう」とするのでは、自ずと結果は異なるはず。また、全体は把握できないとしても、クリティカルポイントのあたりはつけられるかもしれない。

そうした人間の英知や見識を、今のような不確実性の真っただ中では大切にしたいものです。

意味づけと環世界

新型コロナウィルスの猛威は、まだ収まる気配はありません。中国武漢から広がったこのウイルスは、世界中に拡大し、人びとの世界観をも変えるかもしれません。

ところで、マスク不足は理解できますが、トイレットペーパー不足は理屈では理解できません。1973円ごろのオイルショック時にも同じことが起きましたが、あの時もデマから始まったのだと記憶しています。今回も根拠のないデマが、人びとの恐怖心に火をつけ、以下のような連想を引き起こしたのかもしれません。

マスク不足で困る→生活必需品がなくなると困る→トイレットペーパーは必需品だ→トイレットペーパーがなくなるかもしれない(そういう書込みもある)→店頭にない→やっぱりトイレットペーパーは不足しているのだ→置いてある店を探してたくさん買いだめしよう→(ますます不足する)

人は防衛本能により被害方向の想像力は、とても豊かなようです。感情がそれを促し、理性で抑えることは困難です。上のような連想サイクルに入りこんだ人に、どれだけ識者がトイレットペーパーは不足していないと伝えても、TVでたくさん並べられたお店を映し出していても、自分の眼で実際の店頭で確かめるまでは連想は終わりません。一種のパニックです。

一度そこに入り込むと、周囲の世界は全てそう見えてしまいます。あらゆる入ってくる情報は、トイレットペーパー不足を肯定するものに見える。こうした人びとが集団になり相互作用し、ますますそう見える世界が強化されて、集団パニックに至る。

エストニア生まれの生物学者ヤーコブ・ユクスキュルは「環世界」という概念を提示しました。個々の生きものは、周りの事物に意味を与えてそれによって自分にとっての世界を構成している。この「自分にとっての世界」が「環世界」です。虫には虫の、猫には猫の環世界があり、そこで生きている。(猫にとって飼い主は、餌をくれる家具くらいに見えているのかも)

同じ人間なのだから同じ世界を見て暮らしていると思うこと自体に無理があるのだと、「環世界」の概念は教えてくれます。環世界を形成する根拠となる「意味づけ」は、人によって大きく異なるからです。

私の環世界とは、私が入手した情報を、私が解釈し、私が意味づけしたものから構成されています。当然、人によって情報も解釈も意味づけもさまざまになります。同じTV番組のコメンテーターの解説を聞いても、それをどう解釈し意味づけるかはばらばら。

情報は客観的な事実にしか過ぎません。それに意味づけするのが人間の認知作業です。情報にはさまざまな解釈が可能であり、何らかのフィルターを通して自分にとっての解釈をを選択します。そのフィルターとは、過去と現在、未来から来ます。過去とは、経験や思い込み、常識、実績などです。現在とは、今の状況、今の感情、今の関心など。そして未来とは、願望や悪い予想など。また、価値観や性向も強力なフィルターです。あるいは、フィルターを選択する役割かもしれません。

こうしたたくさんのフィルターが、情報にひとつの解釈を与えます。例えば、マスク不足とデマ情報は、「 震災の時にもスーパーからいろんな必需品がなくなった。 他にも不足するものがあると大変だ。それは何だろう?トイレットペーパーかも」というような「次の不足物探しとその解答」へのきっかけとして 解釈されていく。

そしてその解釈は、当人のコンテクストに落とし込まれます。コンテクストとは、例えば「自分は家族が多いので、大量のトイレットペーパーが必要」、「家にはトイレットペーパーの取り置きはあまりない」、「今日しか朝からお店に並ぶことはできない」など、さまざまなその人の置かれた事情です。そうしたコンテクストに、解釈された情報が落としこまれることで、「今、トイレットペーパーを買いに走るべき」という意味になり、それが行動を促す。

こうした独自のたくさんの意味づけによって、各人ごとに環世界が形成されている。なまじ、他者も同じ環世界に生きているなどと思うから、多くのコンフリクトが発生するのかもしれません。自分のフィルターや環世界を意識しておくことも大切ですね。

想像力を正しくはたらかせる

新型コロナウイルスの脅威は増すばかりで、不安は日本中に広まっています。政府の対応は、不安を助長させる方向に進んでいるようで、疑念が絶えませんが、ここではそれには言及せず、私たち一人ひとりの問題について考えてみたいと思います。

一月初め武漢で新型ウイルスが広がっているとき、私たちそこに住む人々を心配しました。特に現地にいる日本人の不安な日々に共感を寄せ、チャーター機を送ることを支持しました。また、感染者の出たクルーズ船が横浜に寄港する際も、そこにいる乗客乗員、特に多くの日本人乗客に思いを馳せ、英国船籍であるにも関わらず横浜への寄港を支持したと思います。

しかし、これらは私たちにとって直接的な影響を、あまり想像せずにすむ事態だったからかもしれません。

チャーター機で帰国した人々やその家族、あるいはクルーズ船の防疫や患者の治療に当たった医師らに対して、差別的行動を示す周囲の人々がいることが報じられています。少しでも身近で自分たちに悪い影響が出そうな事態になると、思いっきり想像力をはたらかせて、自分たちの身を守ることを考え、影響源に対して排除しにかかります。関東大震災の時の朝鮮人への暴力は、その典型です。

被害者としての想像力は発揮されるものの、自分が加害者になる可能性についての想像力は極端に乏しい。クルーズ船から、陰性と認定された乗客は下船しました。多くの方々は、公共交通機関を使って帰宅したそうです。検査時点で陰性でも、あの状況ですから感染している可能性に怯えながら下船した乗客も多かったに違いありません。つまり、他人にウイルスをうつしてしまう可能性はあった。それを許した政府の判断は間違っていたと思いますが、最終判断は下船した乗客の判断です。

SARS流行の時も、感染を心配した風邪の症状の人が大勢病院に押しかけて病院がマヒしかけたこともあったそうです。自分が感染したかもしれないという被害者想像力は大いに発揮されるものの、病院で他の人たちに移してしまうこと想像した人がどれだけいたことでしょう。このように、身近な被害者想像力は豊かですが、身近な加害者想像力は乏しい。

また、時間的あるいは空間的に距離のある被害者想像力は乏しい、というか鈍感だと思います。武漢やクルーズ船といったまだ距離感のある「対岸の火事」には、共感を伴った関心を寄せるものの、これから自分たちに何が起こりうるかといった想像力はあまり発揮されない。

原発が爆発しても、放射能は目に見えないし無臭だから(感覚的に距離感があるともいえます)、身近な被害を想像しづらい。

こういった距離感のあるところへの想像力の乏しさは、被害者も加害者もどちらもですが、とても危険な事態をじわじわと引き起こすことがあり得ます。危険な事態への想像力がはたらかないので、それに対して人々の力を結集させることもできない。

政治の世界でも同じことが言えると思います。

ドイツのマルティン・ニーメラー牧師の有名な詩です。

 彼らが最初に社会主義者を襲ったとき、私は声をあげなかった
 私は社会主義者ではなかったから。

 彼らが労働組合員を襲ったとき、私は声をあげなかった
 私は組合員ではなかったから。

 彼らがユダヤ人を襲ったとき、私は声をあげなかった
 私はユダヤ人ではなかったから。

 彼らが私を襲ったとき、
 私のために声をあげてくれる人は一人も残っていなかった。

想像力を正しくはたらかせる知性を持ちたいものです。あるいは、自分にはそうした能力が乏しいことを自覚して、それに長けた人(例えば芸術家)の声に耳を積極的に耳を傾けたいと思います。