ブックレビュー: 2017年5月アーカイブ

4295000922ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも 行き詰まりを感じているなら、 不便をとり入れてみてはどうですか? ~不便益という発想(しごとのわ)
川上浩司
インプレス 2017-03-16

by G-Tools

私が稽古に通う矢来能楽堂のトイレ(大の方)には、こんな張り紙がしてあります。「このトイレは自動ではないので、必ず流して下さい。」

 

近頃のトイレは立ち上がると同時に自動で流してくれるので、それに慣れた方がつい手動で流さずに、そのまま立ち去ってしまう事故が頻発したからなのでしょう。私のオフィスのトイレもその機能がついていますが、勝手に流されることに反発して、その機能をオフにしました。なんとなく、主体性を否定されたような気がしたのです。

 

これは便利な機能が必ずしも益ではなく、不益にさせる例だと思います。便利=益とはいえないこともあり、逆に言えば不便=益ということもありえます。それを扱ったのが本書です。(不・便益ではなく、不便・益です、念のため)

 

こういった発想は楽しいですし、役に立ちます。ついつい、楽(らく)=便利=益ということを前提に暮らしや仕事をしていますが、本当にそうか?と疑うことは大事ですね。

 

本書にも記載ありますが、自動車のナビ、これは本当に便利ですが、おかげで道を覚えなくなってしまいました。かつてナビがなかった頃は、知らない土地では地図を片手にいろいろ考えイメージしながら運転していたので、一度通った道はしっかり頭に刻まれたものです。今では、何度通っても、ナビなしでは不安です。

 

機械による人間の能力の拡張機能は、便利ではありますが、それへの依存を高め、人間本来が持っている能力を低下させてしまいます。PCのおかげで漢字が書けなくなったのも同じこと。便利=楽ではありますが、本当に益かどうかよくわかりません。

 

荒川修作+マドリン・ギンズによる三鷹天命反転住宅という住宅があります。HPからのその説明の一部を転記します。

 

私たち一人一人の身体はすべて異なっており、日々変化するものでもあります。与えられた環境・条件をあたりまえと思わずにちょっと過ごしてみるだけで、今まで不可能と思われていたことが可能になるかもしれない=天命反転が可能になる、ということでもあります。荒川修作+マドリン・ギンズは「天命反転」の実践を成し遂げた人物として、ヘレン・ケラーを作品を制作する上でのモデルとしています。

mitaka.jpg

 

簡単に言えば、ユニバーサルデザインの正反対のコンセプト。段差や階段などをなくしたユニバーサルデザインの住宅に住むのは確かに楽かもしれませんが、その結果人間が本来持っていた生命力を喪失させてしまうのでは、との主張が根底にあるのだと思います。だから三鷹天命反転住宅には、フラットですべすべした床は一切ありません。何度か入ったことがありますが、室内を歩くのに一苦労するものの、不思議なわくわく感と活力が湧いてくる気がしました。三鷹天命反転住宅は、不便な益を追求したものと言えます。

 

私は冬には薪ストーブを使っていますが、おいしく焼き芋を焼いたりシチューをいれた鍋を温めておけるという便利さはありますが、それ以上に不便な点のほうが大きいと感じます。特に最初に火を熾すときは、本当に大変ですし時間もかかります。軟弱な私は薪を束で買っていますが、決して安くはありません。明らかに灯油やガスストーブの方が、便利で楽でしかも安いです。でも、やっぱり薪ストーブが好きです。

 

本書に、不便益の条件として以下三点が挙げられています。

 ・習熟を許す

 ・主体性を持たせる

 ・スキル低下を防ぐ

 

薪ストーブで火を熾し、うまく燃やし続けるにはそれなりのテクニックが必要です。毎回試行錯誤していますが、少しずつ習熟している実感はあります。自動的に温かくなるエアコンなどの暖房器具は全てお任せであり、私に主体性はありません。薪ストーブでは自己責任であり、主体性を問われます。人類の根本にあるはずの、「火」に対するセンシビリティーというか扱いの感覚というスキルの低下を防いでいると言ったらちょっと大げさですが、そんな実感はあります。


便利さが加速する現代、あえて不便の益を追求することはとても意味があることだと思います。

 

自分が漠然と感じていたことを、スパッと整理して提示してくれることは、読書の醍醐味のひとつです。新しい視点を獲得することが、なにより私にとっての「益」なのだと思いました。


なお、本書と合わせて隣接分野である「仕掛学」を読むといっそう楽しめます。

仕掛学仕掛学
松村 真宏

by G-Tools

このアーカイブについて

このページには、2017年5月以降に書かれたブログ記事のうちブックレビューカテゴリに属しているものが含まれています。

前のアーカイブはブックレビュー: 2017年4月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.1