ブックレビュー: 2016年2月アーカイブ

小倉昌男 祈りと経営: ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの
森 健
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久しぶりに、一日で一気に読み終えた本です。宅急便生みの親である小倉さんは、私にとって最も尊敬する経営者であり、人間です。1999年に彼が出版した「小倉昌男 経営学」は、星の数ほどある経営学者や経営者の著作の中で、今でもNo.1だと思っています。その論理性といい倫理感といい、これだけ納得感と共感を得るビジネス書はありません。

 

小倉さんが亡くなってもう10年になります。そのタイミングで突然出版されたこの本は、誰も知らなかった小倉さんの陰の部分をあぶりだしています。しかし、この本を読み終えて、ますます小倉さんのことが好きになりました。

 

生前、二度ほど小倉さんにお目にかかったことがあります。一度目は、二度目の会長を退いた後の98年頃だったと思います。ある、こじんまりとした講演会で講演を聞く機会がありました。噂通りの切れ者の硬骨漢という印象で、筋の通った発言内容とその姿勢に、憧れに近い感情を持ちました。当時、財産をつぎ込んで福祉財団をつくり、その事業として障害者自立のためのスワンベーカリーを始めたばかりでした。スワンで障害者に月給10万円を支払えるビジネスモデルを作るんだという熱い気持ちに溢れ、その高潔さとチャレンジ精神に感銘を受けました。

 

二度目は、亡くなる一年くらい前の2004年頃だったと思います。小倉さんはご自身でも義太夫を唄うほどの文楽好き。国立劇場での文楽公演でも何度かお見かけし、一度お声をかけさせていただきまました。「文楽好きなの?」と一言おっしゃいましたが、その声に力はなく、もう随分お年なのだなあと少し寂しく感じたことを覚えています。

 

このように理想的な経営者である小倉さんが、宅急便事業立ち上げ時期社内外で戦っているまさにその時期、家庭内でも大変な戦いを強いられていたとは。

 

敬虔なキリスト教徒だった小倉さんに、なぜ神様はこうも試練を与えたのかと、恨みたくもなります。私たちが見ていた小倉さんは、一面にしか過ぎなかった。人間、いろんな面があることはわかっていても、あの理想的に見えていた小倉さんに・・・・。

 

でも、やはり小倉さんも「人間」なんです。勝手に我々がイメージをつくっていただけ。家庭内での母と娘の喧嘩に、ただおろおろしていた小倉さん。奥さんが亡くなり、娘一家もアメリカに移り寂しさを抱えていた小倉さん。その後、40歳も年下の尼僧と恋した良寛さんに自分をダブらせ、ある女性にほのかな恋心を抱いていた小倉さん。その女性と過ごす時は、子供のようにはしゃいでいたという小倉さん。その女性に「最後までは面倒みられない」と言われ、寂しく介護付き老人ホームに移った小倉さん。

 

 

ただ、本書は小倉さんの悲惨を暴露した本ではありません。タイトルにもあるように「祈り」の書です。

 

小倉さんを苦しめ続けた娘。きっと、小倉さんは神に娘のことを祈り続けていたことでしょう。病気をおしてでも渡米し、ロスにいる娘のもとで最期の日々を過ごすことができたのは、小倉さんにとって何よりの喜びだったことでしょう。

 

亡くなった後で、娘は劇的に回復します。そして、あとがきに書かれているようにこれからは小倉さんの遺志を継いで福祉の道を歩もうとしています。小倉さんの祈りは通じたんだと、かすかな希望の光とともに読了できる本。人間は複雑だけと素晴らしいということを教えてくれる本です。

 

 

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