経営: 2016年9月アーカイブ

ミシマ社(http://mishimasha.com/)という出版社をご存じでしょうか?「原点回帰の出版社」を旗印の、設立10年、社員10人ちょっとの規模でいえば小さな出版社です。しかし、出版業界では知らない人はいない、注目の出版社です。その三島社長の話を聞く機会が、昨日ありました。とにかく面白かったです。

 

1975年生まれの三島さんは、過去に大手出版社二社で勤務経験があります。学生時代、海外放浪にはまっていた三島さんは、最初の出版社では仕事の面白さに、目覚めますが、あるときふと「そういえば旅行に行っていないな」と気づき、辞表を出して再び海外放浪に出ます。辞表に書いた理由は、「世界制覇のため」。地図持たず計画も立てない海外放浪では、野生の勘のようなものが磨かれるそうで、その感覚を失いかけて危機感を抱いての退職だったようです。

 

帰国後別の大手出版社に就職しますが、そこは固い会社だったらしく、息苦しさに耐えられず、そこにも辞表を。起業は全く考えていなかったそうです。実家が京都で帯の問屋をやっていたそうで、中小企業の悲哀を子供心に感じ、自分が会社を立ち上げるのだけはいやだったそうです。しかし、ある晩ふと「そうだ、出版社を始めよう」と思いたち、その時にほぼ今の会社のアイデアは思いついたとのこと。前の出版社時代のお世話になっていた内田樹さんに、半分止めてもらおうと思って相談にいったところ、即座に「それがいい」と言われ拍子抜けしたそうです。他にも多くの方に相談したのですが、誰からも否定されなかったそう。きっと、出版業界に近い人は誰もが今の業界の状況に閉塞感を抱き、誰かがなんとかすべきだと考えていたのではないでしょうか。

 

「原点回帰」とは何か?出版業とは、著者の熱い思いを増幅させながら読者に届けることがその役割です。しかし、返品率4割を超える現在、たくさんの本は出すものの、「売れそうな本」しか出さなくなっています。「売れそうな本」とは、有名な著者、売れているジャンルといった、過去の実績やデータで決まります。編集者は、多くの読者が買ってくれそうな本を、「マーケティング」的観点で予測し、既存の著者にそれを書いてもらう。一見、マーケティング重視で良さげですが、こと「本」に限ってはそれでは先細ることは目に見えています。「熱」がどこにもないからです。三島さんは前職時代、出版会議などでどんどん熱を下げていく会社の手続きを痛感したそう。だから、自分たちは熱を持つ著者を見つけ、それを出版のプロセスでいろいろな人間が関わることでさらに熱量を高めて、それを読者に届けるという方針を決めました。それが「原点回帰」。考えてみれば当たり前の話です。ただ、いい本を作ってもそれが書店に並ばなければだめ。でも、今の取次経由の流通に乗せても、思うように流してもらえません。そもそも、新しい出版社が取次からもらえるマージンは微々たるもの。そこは、歴然とした実績、つまり社歴がものいう既得権益の世界なのですから。そこで、必然的に取次を通さず、自社営業で書店に本を届けるスタイルになったのです。

 

ミシマ社は10人強の社員ながら、東京自由が丘と京都というふたつのオフィスを持っています。2011年の震災直後、思い付きで京都の古民家を借りて移ったそうです。放射能による漠然とした不安があったそうですが、もともと地方発で出版することは考えていたそうです。もっと、地方から情報発信がなされるべきだと。三島さん自身は京都に移り、あらためて東京で出版することのメリットを痛感したそうです。だから、東京に比べて不毛ともいえる京都で、出版をしていくためには、本質を考え抜き決死の覚悟で仕事せざるを得ない。そこから様々なアイデアが生まれたそうです。水のない砂漠のようなところに生えるトマトは、生命力が強く甘いそうですが、人間もきっと同じなのでしょう。あえて、砂漠に出て勝負したミシマ社は、そこでさらに強くなったのです。

 

京都にいることで、東京を中心に動く既存の巨大なシステムに乗らない意思を維持することができる。その既存システムは、既に崩壊しつつあるのですが、そこから外れることは、既存プレイヤーにはなかなかできないのです。

 

その後、出版業界の常識を次々に壊す実験を続けています。例えば、毎日更新するウェブマガジンを支援する年2万円の有料サポーターを募っています。サポータには、毎月それにのった記事を紙版にして届ける。紙の完成版は毎月、紙も変えたりして、紙の本に関する様々な実験を行っています。紙の本をどうすれば残していけるかの、試行錯誤の場にもなっているのです。それができるのは、有料サポーターがいるからです。その成果のひとつとして、割付も特集もない年に一冊しか出さない雑誌(注)や、ウェブでしか文章を読まない(本になじみのない)人にも読了感を味わってもらうための100ページ以内の「コーヒーと一冊」シリーズも始めました。出版業界では、200ページにも満たない本は出さないという常識があるのだそうで、それを打破したのです。

 

他にもミシマ社ならではの様々な取り組みがありますが、会社としての課題は三島社長の想いや考えを、いかに新しい社員に移植するかだそう。なにぶん、「考えるな、感じろ!」が社員に対する育成方針(?)だそうで。

 

衰退する巨大システムを変革するのは、きっとこんな小さくてユニークな新参者なのではないかと思います。きっと、これは出版業界だけの話ではなく、もっと大きな日本社会のシステムにも重なるのかもしれません。そう考えると、ますますミシマ社から目が離せません。


(注)一般に雑誌では、特集記事や連載記事をどう構成し順番を決め割り付けていくか、つまり目次を作っていくかが編集の腕の見せ所。「ミシマ社の雑誌ちゃぶ台」では、記事の入稿順に雑誌に並べていく。そして最後に結果としての目次が裏表紙に掲載される。一見無茶苦茶だが、編集者である三島社長は、前に入稿された記事に影響を受けながら次の記事の編集作業や取材を行うため、三島社長の頭の中での時間の流れにそった順番、構成で雑誌ができることになる。読者は三島社長の思考を追体験しながら、雑誌を最初から最後まで全部読んでしまうことに驚くという。

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