経営: 2016年4月アーカイブ

この1週間で、ふたりのスターが現役を退くことを決めました。セブン&アイHLDの鈴木敏文CEOと、水泳の北島康介選手です。

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私にはこの二人の引退が、少し重なって見えました。どちらも、世界的にみてもその分野の第一人者であること、相対的に高年齢にも関わらずトップを目指し続けたが、それが叶わないことが分かり引退を決めたこと。どちらも二人に共通します。

 

北島選手は言わずもがなですが、鈴木氏についてはもう少し補足が必要でしょう。私にとっても思い出深い経営者です。

 

四半世紀前の駆け出しコンサルタントの頃、あるプロジェクトでセブンイレブンのことを調べました。当時からNo.1コンビニでしたが、その理由はなんだったか?NO.1にもかかわらず、組織に浸透したその改革マインドの強烈さは尋常ではなかった。それがダントツNo.1の理由だと見定めました。

 

セブンの実質創業者である鈴木氏がセブンイレブンで始め、その後常務を務める親会社のイトーヨーカ堂でも展開し続けている「業務改革」(業革)がその秘密です。

 

一般に業革といえば、業績が低迷したときにプロジェクトチームが結成され、一定期間で成果を出すという活動でしょう。ところが、鈴木氏はそれを全社員対象とした定常業務としたのです。普通じゃありえません。毎週火曜、全国からマネジャークラス以上を本社に集め、徹底的に議論します。その後、参加者はそれを自分の部署に展開します。全国展開しているチェーンストアで、それをやるのにどれだけのコストをかけているのでしょうか。それでも、鈴木氏が対面コミュニケーションにこだわったのです。「交通費なんてたかがしれている。それを上回る効果が上がるから。」というコメントを当時読んだ記憶があります。「しみったれた」経営者ばかりのこの時代、ものすごい戦略眼だと感動しました。ご存じの通り、その後も鈴木氏の戦略眼は冴えまくり、83歳の現在に至ります。

 

さて、先週の引退騒動です。報道によると、鈴木氏は7年社長を務めた井阪セブンイレブン社長を退任させようとして、それが叶わず引退表明したとのこと。指名委員会では、「最高益を出し続ける現社長を退任させるのは、社会的にみてどうか」との反論が出されたそうです。また、社外取締役によるガバナンスが効いたとの好意的意見も多数あるそうです。

 

どちらも普通の会社であればその通りです。しかし、セブンイレブンは「普通」の会社ではない。

 

鈴木氏は、セブンが最高益を続け業績絶好調とはいえ、それに満足はしてない。いや、大きな危機感を抱いていたのではないでしょうか。最高益により組織の緊張感が緩むのではないか、ローソン、ファミマという競合が体制を整えひたひたと追い上げてくるのではないか、そして何より83歳という自分の齢を考えると、もう長くはできない、早く後継者を見つけ出さなければならない。タイムリミットがもうすぐだ。

 

鈴木氏の後継者に値する人材は、そうそういるとも思えません。変革を続け、新しい戦略を次々打ち出していける人でなければなりません。7年前、井阪社長にその可能性を見出し、社長の場を与えそういった人材に育てようと決意したのでしょう。7年という年月は決して短いものではありません。しかし、7年たっても鈴木氏の期待するレベルには届かなかった。最高益など関係ありません。それは誰が社長をやっても実現できたと鈴木氏は考えたのでしょう。実際そうだと私も思います。欲しかったのは、1020年後のセブンを支える事業の種まきだったのではないでしょうか。

 

鈴木氏は次の候補者をいち早く探しだし、育てなければとの焦燥感にかられた。自分の眼の黒いうちに、見つけ出し育てなければ・・・。経営者として残された時間はわずかだが、ぎりぎりまで最前線で戦い続けようと、社内外から批判されることを覚悟で、指名委員会や取締役会に提案したに違いない。

 

しかし、残念ながらこの危機感は社外取締役には共感してもらえませんでした。「最高益なのに・・」という、非常に外野的な見方しかされない。やはり、当事者ではない、社外のそれが限界でしょう。でも、鈴木氏は諦めない。取締役会であれば、社内取締役で半数を取れる、そこで決議しようと。

 

しかし、社内取締役からも反対票が出され否決。ここで鈴木氏は引退を決意。これまで、社内の大多数が反対しても鈴木氏は自分の意見を押し通し実行し、そして必ず成功してきた。それがセブン&アイの経営手法だった。半数以上が反対するくらいのアイデアでなければ業界の変革などできない。セブン銀行だってコーヒーだってそうです。常識を打ち破ることでセブンは常にトップを走り、二番手以下はそれを真似して追いかけてきたのが、コンビニ業界です。

 

ところが、今回は7期最高益を続けた社長を交代させるという「非常識」に、社内の同意を得ることができなかった。ということは、もう鈴木氏のこれまでの手法は使えないということであり、鈴木氏の存在意義がなくなったということです。それでは引退するしかないでしょう。

 

創業家との諍いなどの声も聞こえてきますが、それは確かにあったのでしょう。でもそれは、鈴木氏引退の本質ではない。本質は、鈴木氏の「非常識」が社内で受け入れられなくなったということです。「ガバナンス」「コンプライアンス」「透明性」といった、社外取締役をはじめとした外部から聞こえてくる言葉にはもう逆らえない・・・。

 

北島選手と同様、これまでのやり方でぎりぎり努力してきたものの、ついに結果を出せなくなった、だからもう引退するしかないのです。

 

鈴木氏の今回の引退騒動での最大の被害者は株主です。これでセブンイレブンもセブン&アイグループも「普通」の会社になることでしょう。そして、最大の受益者は競合企業です。

 

社外取締役を中心としたアメリカ型ガバナンス制度は、「普通」の会社には確かに効果があるかもしれません。しかし、破格の経営者が経営する「すごい」会社を「普通」の会社にかえていくことにもなることが、今回見えてきました。そうなると、最大の受益者はアメリカという国かもしれません。

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