経営: 2011年11月アーカイブ

先週の日経夕刊「人間発見」は糸井重里さんでした。糸井さんといえば、かつてコピーライターとして一世を風靡し樋口可南子と結婚した、いかにも「業界の人」のイメージでした。教育TVで彼が司会をしていた番組

itoi.jpgYOUは、けっこう面白く観ていましたが。

 

その後あまり名前を聞かなくなりました。時代はコピーライターから、佐藤可士和に代表されるデザイナーやアートディレクターに移っていたようです。時々サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」の話題はちらほらと耳に入ってきましたが、こんなことをやっていたとは全然知りませんでした。最初、日経で糸井が採りあげられるのは意外だと感じましたが、読んでみれば全然意外ではありません。今の経営に役立つ言葉が、バシバシ語られているのです。

 

食べると太る食べ物があるとします。やめさせるのに「太るぞ」と脅しますか。でもおいしいんですよ。僕なら「油が少なくても、もっとおいしいもの」を薦めたい。価値を増やすとはそういうことです。原発を巡る震災後の言葉を見ていると、特にそう感じます。

 

糸井さんは、言葉を非常に大切にする人だとよくわかります。政治家も経営者も本当は言葉で人々を動かすプロであるべきです。それに気づかせてくれました。

 

まだ誰も見ていないものを商品の内側から掘り出すには、形や性能だけを見ていてはだめ。知識を総動員し、脳と目と耳をフルに使う。楽しいですよ。

 

商品のコピーを考えるときの言葉ですが、似たようなことをスティーブ・ジョブズが言っていました。

「デザインとは外観のことだと思う人もいる。本当はもっと深いもの、その製品がどのようにはたらくかということなんだ。いいデザインをしようと思えば、まず『真に理解する』必要がある。」

 

デザインとコピーの違いこそあれ、いずれも本質を見極めることの重要性とその難しさを語っています。でもそれはきっとものすごく楽しい作業で、決して他の人にやらせたくないに違いありません。

 

「みんな」がこう思うからお前もこう思え、ではない。「私」が責任を持つ。だからだから何でも言える。(中略)商品と自分の関係を考え、「私」というフィルターを通さない言葉は書けないと感じ、実際そうしてきました。

 

本当に多くの人々に受け入れられるのは、「みんなそうだから」ではなく、「私がそう思うからそうなんだ」という強い信念なのです。責任を他者に負わせる人の言葉は、本質的には人々には届かない。しかし、世の中は糸井さんの望まない方向にどんどん流れていき、生きづらくなっていく。

 

企業に説明責任が生まれ、採用した案が「一番いい」と説明できなければならなくなったためです。売り上げへの貢献、評判、アンケート。広告効果の「見える化」です。責任者は「言い訳できるもの」を選ぶ。

 

世の中はエビデンスだ、説明責任だと、逆に向いている。だから、政務官が記者の言葉にしたがって、浄化された原発排水を飲む羽目になる、こんな滑稽なことが起きるのです。

 

説明後はゲタを預け、知らないところで採点される。話し合って一緒に良くしましょう、では通じない。(中略)提案の「弱点」を埋めるほど、自分の仕事ではなくなっていく。

 

人材開発の世界でも、全く同じことが起きているのではないでしょうか。糸井さんはそんな世界がいやになり、しばらく釣りばかりしたのち、ネットに出会い、97年「ほぼ日刊イトイ新聞」を立ち上げたのです。

 

頼まれ仕事ではないものづくりの面白さを知りました。企業の広告は100万人単位で考えた。お金もかけ、しかけは大きい。でも霧のような100万人より、わざわざ「ほぼ日」を読みに来てくれる3万人が僕にとってうれしいんだとわかりました。言葉が届き、うれしそうに笑っている様子が目に浮かぶんです。自分の仕事を見ていてくれる人がいる。そのことの意味が初めて、泣きたいくらいにわかりました。

 

大きな霧を選ぶのか、それともたとえ小さくてもそこに実在する確かなものを選ぶのか、大きな分かれ目でしょう。しかし時代は、後者の価値が高まる方向に動いているように思います。そして、糸井さんも社員40人、売上20億円超の会社の社長になりました。

 

「管理」を中心に動くようになったら寿命ですね。ものを生む力や熱がなくなった証拠ですから。(中略)計画を立てると、計画の奴隷になってしまい「何がしたかったのか」という動機が消えてしまう。

 

徹底的に自分の言葉にこだわり続けた末、知らない間に新しい経営の姿を創りだしていたのかもしれません。そして会社が提供する価値をこう説明します。

 

消費は恋愛に似ています。どちらも矛盾があり、喜びがある、生きることそのもの。不要だからと削っていくと、魂も小さくなる。消費の喜びは、ものと心の掛け算にあります。(中略)大量生産、大量販売に豊かさはない。再現できないもの、人の思い、丁寧な仕事、長い時間や歴史、ものに込めた世界観。それが価値なんです。

 

様々な企業が自社の提供する価値を定義しようと悪戦苦闘していますが、なかなかうまくいきません。でも言葉のプロである糸井さんは、ものすごくわかりやすくそれを適確に説明しています。言葉に徹底的こだわるということは、徹底的に見て感じて、そして考えるということなのです。これからの経営者のモデルになりそうです。(既にスティーブ・ジョブズが示していたのかもしれませんが)

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