「最新の経営スキルより、基本を使いこなす力を」
MBAなど経営の授業とは「最新の経営スキルを教える」ものだと考えていらっしゃる方も多いかもしれません。最近話す機会があったノースウェスタン大学(Kellogg)の先生とも「学生は、ケースは新しいほど良いと思っている」ことで意見が一致しました。
「最新の経営スキル」の多くは、ベストセラーと同じように、毎年変わり、一時期はもてはやされるものの、いつのまにか忘れ去られていくのが実態です。一方で、「基本」は、人間、あるいは組織というものの本質が変わらない限り、普遍性を持ちます。「古典」が大切にされるのはそういうことでしょう。
『戦略の原点』(日経BP社2007年)にも書きましたが、私はアメリカでのクラスを、いつも次のように始めます。
私:2x3は? 生徒:6! 私:5x7は? 生徒:35! 私:12987x76452は? 生徒: ...... (稀に、あてずっぽうで答える生徒も) 私:会社を経営するのは簡単ではない。現在のように、競争や技術が毎日のように変わればなおさらだ。次々と毎日出てくる問題や機会に対応しなくてはならない。こうした環境で、一番大事な力は「答えを覚える」ことではないと思う。 答えを覚えようとするのは、12987x76452とか37659x77621とかをすべて覚えようとするようなものだ。もちろん、出来るのであればしたらいいと思うが、普通の人には難しい。 このクラスで君たちに学んでほしいのは、そういうことではない。掛け算は、81のパターンをきちんとマスターし、それをどのように使ったらよいかを知っていれば、どんなに難しい問題でも、時間はかかるかもしれないが解ける。どんなに複雑そうな問題でも、問題自体が複雑なわけではない。ほとんどの場合は、基本的な問題が複雑に絡み合っているだけだ。 算数と同じように、経営戦略でも2x3、5x7のような「基本」をマスターし、それを応用する力をつければ、今後聞いたこともないような問題でも取り組むことは出来るはずだ。「経営の九九」をマスターしそれを応用する訓練をすること、それがこのクラスで君たちに学んでほしいことだ。 |
ケース・メソッドの本質とは、「たくさんすることで、あらゆる問題をこなせるようになるシミュレーション」ではなく、「基本を確認し、その応用力を鍛える」ことにあるのだと思います。薄く広い知識をつけることではなく、自分が正しいと思った見方、考え方に反論を受けたり、問題点を指摘されたりしながら、基本を使いこなす力を養うのです。
大輪の花を咲かせることは大切ですが、根がしっかりしていなければ、花の重みで倒れてしまうこともあります。組織、そして経営においても、目もくらむような横文字以上に、根幹となる「基本」が大切であることは、分かっていても時々忘れてしまいます。よいケースは、自分、そして自社の根幹を見直すための視点と機会とを与えてくれるのではないでしょうか。
清水勝彦 (しみず・かつひこ) ダートマス大学エイモス・タックスクール経営学修士(MBA)テキサスA&M大学経営学博士(Ph.D.) 日本語著書に「戦略の原点」(日経BP)、「その前提が間違いです。」(講談社)、「なぜ新しい戦略はいつも行き詰まるのか」(東洋経済新報社)、「経営意思決定の原点」(日経BP)、「失敗から学んだつもりの経営」(講談社)、「経営の神は細部に宿る」(PHP)、翻訳書に「事実に基づいた経営」(東洋経済新報社)がある。
テキサス大学サンアントニオ校 Department of Managementアソシエイトプロフェッサー(テニュア取得)
8 年間の戦略コンサルタント(コーポレイトディレクション、プリンシパル)経験をへてアカデミアへ。テキサス大学では学部、MBA、そして博士課程学生に経営戦略のクラスを担当する。